ウェビナー「水と労働のサステナビリティ:皮革産業を中心に」開催報告


2024年7月31日、ソリダリダード・ジャパンは駐日オランダ王国大使館からご協力いただき、「水と労働のサステナビリティ:皮革産業を中心に」を開催しました。 今回のウェビナーの目的は、日本の消費者や企業の方々を主な対象として、靴や鞄など身近な皮革製品のサプライチェーンが、実は環境や労働問題をはらんでいることを知っていただくと同時に、先進的な取り組み事例を紹介し、多様なステイクホルダーの連携の必要性を訴えるものでした。その概要を報告します。


ポルダー・モデルとソリダリダード

開会の辞では、ピーター・テルプストラ駐日オランダ王国大使館公使参事官が、オランダの「ポルダー・モデル」になぞらえてソリダリダードの活動を紹介されました。

オランダでは、埋め立てと排水により開発してきたポルダー(干拓地)を水没から守るために、すべての関係者が協力しすべての人に利益をもたらす解決策を見つける必要があったという経験から、この「ポルダー・モデル」は、すべての利害関係者(労・使・政)が参加・発言して合意に至るための労働モデルとして知られてきました。

このマルチステークホルダーエンゲージメントのアプローチをソリダリダードも受け継いでおり、ビジネスと人権に対する意識を高めるための世界的な呼びかけに対し、グローバル・サウスの生産者や地域住民の視点に立って強く主張している点で貢献しているとご評価いただきました。


続いて、ウェビナー事務局の吉田秀美(ソリダリダードジャパン・カントリーマネージャー)から、皮革産業のサプライチェーンの概要と課題について説明しました。

家畜の皮が革に加工されるまでには多くの工程があって様々な化学薬品が使用されること、大量の固形廃棄物や水質汚染物質が排出されること、それらが適切に処理されなければ環境や健康に悪影響を及ぼすことなどを指摘しました。


皮革セクターのサステナビリティ基準:ZDHC MRSLとLWG

一番目の講演では、オランダの皮革・塗料向けプ化学薬品メーカーStahl社のマイケル・コステロ ESGグループ長が、同社が積極的に関与してきた二つの基準について説明しました。

ひとつめは、ZDHC (Zero Discharge of Hazardous Chemicals,「有害化学物質排出ゼロ」)[i]という団体が作成したMRSL (Manufacturing Restricted Substances List, 製造工程における制限物質リスト)です。

これは、製造工程で使用される繊維素材、皮革、ゴム、発泡体、接着剤等に、意図的な使用が禁止されている化学物質のリストです。2030年までにZDHCコミュニティで使用される化学物質の成分の100%、および業界全体でグローバルに使用される化学物質の成分の70%が、ZDHC MRSLに適合することを目指しています。

ふたつめは、LWG(Leather Working Group)[ii]が設定する皮革産業に特化した基準です。

環境・社会・ガバナンスの各指標を改善することを目指しています。2021年の改定では、環境マネジメント、トレーサビリティ、化学物質マネジメント、社会的責任、ガバナンスをカバーする包括的基準になりました。そして、ZDHCとLWGの協働により、LWGの基準にもZDHCのリストが組み込まれることになりました。将来的にはカーボンフットプリントなども組み込まれると考えられます。

また、Stahl社がソリダリダードと協働して行った、インドにおけるガンジス川の水質改善を目的とした皮革産業クラスターに対する支援プロジェクトについても紹介しました。


[i] ZDHCは繊維や皮革、アパレル、フットウェアなどの産業において有害物質の排出をゼロにすることを目的とする非営利団体。2015年に正式に設立され、オランダのアムステルダムに本部を置き、大手アパレルブランドや化学薬品メーカー参加している。

[ii] LWGは、レザーの生産工程における環境対策や品質、安全性などを審査する国際認証団体。2005年に設立されイギリスのノーザンプトンに本部を置く。


日本の大手ブランドのサプライヤーの取り組み

二番目の講演では、バングラデシュの靴製造業のAPEX Footwear社のラフィカル・イスラム サステナビリティグループ長が同社のサステナビリティに関する取り組みを紹介しました。

同社のバイヤーの57%は日本企業で、社会的責任の分野ではGUのサステナビリティ基準に準拠しています。従業員の福利厚生や安全配慮はもちろん、雇用環境について十分に説明し透明性を保っています。環境面では、各パーツのリサイクル率を高めることに力を入れているほか、LWGを含む各種認証を取得しています。

このほか、カーボンフットプリント削減のための太陽光発電や廃水の適切な処理にも取り組んでいます。バングラデシュ企業ではまだ珍しいのですが、2021年に初めてサステナビリティレポートも刊行しました。


日本の社会起業家の取り組み

三番目の講演では、日本の社会起業家であるボーダレスジャパン・グループの安藤晶美エシカルファクトリー運営事業責任者が、雇用創出のために設立されたバングラデシュの自社工場での取り組みを紹介しました。

同社は教育水準が低いことや障害を理由になかなか仕事を得られない人を雇用し、最低賃金より27%高い初任給を支払っています。また、バングラデシュの宗教行事「イード」の際に屠られる牛の皮を原材料として使用する、皮なめしの際にベジタブルタンニンを用いる、など環境負荷を削減する努力をしています。今後は建設中の新工場に太陽光パネルを設置するなど、更に環境配慮を高めるべく準備中です。


パネルディスカッション:サステナビリティのコストは誰が負担するのか?

パネルディスカッションは、ソリダリダード・ジャパンの佐藤寛共同代表がモデレーターを務め、まず社会面でのサステナビリティ、環境面でのサステナビリティに関する質疑応答を各講演者に対して行いました。

「社会的責任への取り組みはコストにならないか、バイヤーにどう説明するのか」といった佐藤の問いかけに対し、Apex社は、「人材への投資は将来のアセットにつながり品質向上につながる。通常のビジネスプロセスで、消費者が価格やその他の基準によって商品を選ぶのは当然のこと。環境に配慮した商品が少し高くなるのは当然だが、消費者が納得できるように説明している」と回答しました。

エシカルファクトリーは、「雇用を作ることが事業目的なので、一見非効率に見える人もその人にふさわしい作業をすることで、対応できており、それが我々の価値だ」と回答しました。

LWCやZDHC認証に関しては、Aepx社は、自社のブランド価値を高めたと評価しました。モデレーターから「高い基準を中小企業に浸透させるためにはどうすればよいのか」との問いかけに対して、Stahl社は「自社で費用負担をして研修を実施している、それは追加コストではなく、通常のビジネスのコストの一部として考えている」と回答しました。

パネスディスカッション後半では、事務局の吉田から、サプライチェーンという視点ではなく、各国・コミュニティで発生するそれぞれの地域課題を取り上げ、課題解決の一例としてソリダリダードがコルカタの産業集積地の皮なめし工場に対して、節水や汚染防止のための簡易な装置の導入を支援していることを紹介しました。



モデレーターの佐藤からは課題解決のため各ステイクホルダーがいかに協働していくべきかという問いかけがありました。

これに対して各社から以下のような回答がありました。

Stahl社「世界の数拠点で大学とも連携して皮革アカデミーを運営しているほか、ソリダリダードのようなNGOと協働して、零細業者のサステナビリティを向上させる努力を続けている。そして顧客、例えばApex社のようなブランド先進的企業とも協働しており、あらゆるステイクホルダーとの協働は業界全体のサステナビリティを高めるカギだ。」

 Apex社「皮革産業は、サステナビリティの問題や代替素材の普及などで危機に直面しているので、業界全体が団結して課題に取り組んでいくべきだ。先ほど紹介があったような、ソリダリダードの費用対効果の高い環境マネジメント技術が必要だ。」

 エシカルファクトリー「水問題など会社としてまだ取り組めていない課題に今後取り組んでいきたい。」

 最後にモデレーターから、日本では企業もNGOも協働に慣れていないが、これからそういった事例を積み上げていくことが重要だと指摘して閉会しました。

ソリダリダード・ジャパンとしては、引き続きこの課題に取り組んでいきたいと考えております。

2024年10月9日

文責:吉田秀美