インドにおける農業機械市場の概要を掴む
–現地農家が農機を利用できるようにいかなるスキームが考えられているか–
ソリダリダードが多数のプロジェクトを展開してきたインドは、世界でも有数の農業機械市場と言われています。けれども、個々の農家に目を向けてみると所得の低さが問題となっており、農作業では人力や牛、馬に頼るのが一般的で、農機の普及率は1割程度に留まります。2027年頃には中国を抜き世界第1位の人口大国となり、食料需要の高まりや都市化による農業従事者割合の低下も予測されており、インド政府は農業の近代化を推し進めています。こうした状況は、同国の農機市場の潜在力の高さを示しています。新型コロナウィルスの影響を加味して出された複数の調査会社の市場予測でも、インドの農機市場は継続して成長傾向を示しています。
そこで、本コラムでは、インドにおける農業の近代化、その中でも農機の主要メーカーや民間主体の農機普及に向けた取組みに焦点を当てます。農機市場の概要を掴みながら、小規模・零細農家[1]が過半数を占めるインドにおいて(図表1)、SDG17が掲げるグローバル・パートナーシップを通して開発とビジネスが結びつき、農業の近代化が目指されていることを紹介します。
図表1 農地規模別の経営体の割合
出典)Ministry of Agriculture & Farmers Welfare, 2020, all India report on Agricultural Census 2015/16から作成
インドの農業機械市場の特徴的な点として、「農業機械」化と言うよりも「トラクター」化が進んできたこと挙げられます(FICCI-Grand Thornton 2015, 絵所 2019など)。それは、トラクターが農業用だけではなく日常の運搬用にも利用でき、「カスタムハイアリング」[2]という賃作業サービスにも活用しやすいためです(絵所 2019)。実際、インドの農機市場の約80%をトラクターが占めると言われています。この点を踏まえ、トラクターを製造する農機メーカーを紹介します。
インド最大の農機メーカーであるMahindra & Mahindra社は、コングロマリッド「Mahindraグループ」の中核企業で、インドのトラクター市場の販売台数ベースでシェア約40%を占めます。本社はムンバイで、1963年から同社ブランドのトラクター製造を開始し、2010年からは小規模・零細農家向けに低価格かつ低燃費のコンパクト・トラクターを販売しています。
北米やオーストラリア、中国にも子会社を持ち、後述する「農機業界の巨人」とも言われるDeere & Company社が展開する米国にも1994年に進出し、コンパクト・トラクター市場で低価格を武器に存在感を高めています。日本の農機メーカーとの関係では、三菱農機社と2015年に戦略的協業を合意し、その後、三菱農機社の株式33.3%をMahindra & Mahindra社が取得して社名を三菱マヒンドラ農機に変更しています。
その他の日本企業とインド農機メーカーとの関わりは、2020年3月、クボタ社がEscorts社の新規発行10%(約160億円)を取得し、インドでのコスト削減などの知見をグローバル市場でも活かしていくと発表しています。なお、2019年2月に両者はトラクター製造の合弁企業を設立しています。ヤンマー社はインド第3位の農機メーカーInternational Tractors社に2005年から出資を開始しており、井関農機社は2018年にインド第2位の農機メーカーTractors and Farm Equipment(TAFE)社と技術・業務提携契約を締結したと発表しています。このように、日本企業と現地企業との連携が進められています。
Deere & Company社(米)は、「John Deere」のブランド名で知られる世界最大の農機メーカーです。本国の米国では、「農業の自動化」に向けた完全自立型農機の社会実装など、先端技術の活用も進める企業です。インドでは1998年にLarsen & Toubro社と合弁企業を設立し、2005年に株式の大半を獲得してJohn Deere Equipment社となりました。インドでのトラクター市場のシェア(販売台数ベース)は約7〜10%程度で、外資系企業では最大規模になります。インド国内でデザインされたコスト競争力に優れたモデルを若干修正して米国へ輸出も行なっています。
ヒンディ語で繁栄を意味する「Samruddhi」と言うCSRプログラムを現地の研究機関とのパートナーシップのもとに展開しており、農業生産性の向上を目指した技術活用と若年層への教育提供を行い、現地コミュニティとの連携を強化しようとしています。
インドでは小規模・零細農家が全体の86%を占めることもあり(図表1)、多くの農家世帯の所得は低く、同国の農業機械メーカーはコスト競争力の向上を図っていますが、未だ農家にとって農機を購入することは難しいのが実態です。こうした状況を乗り越え、農業の近代化を実現するための民間によるサービスや工夫が検討されています。政府の基本的な政策方針を踏まえた上で、農機普及に向けたサービス事例を紹介します。
インド政府のシンクタンクで同国首相が議長を、州首相と連邦直轄領の副総督が運営評議会を勤めるNITI Aayogは、2018年12月に「New India strategy@75」を発表しました。その中で、2022/23年に向けて、Madhya Pradesh州での「カスタムハイアリングセンター」の成功を受けて若者の雇用や起業を促し、全国規模にセンターを拡大することを掲げています。また、金融包括(Financial Inclusion)の促進も掲げられています。このように、インド政府は農業の近代化に向け、農機の利用方法の工夫や資金面での環境整備を促進する方針を示しています。
EM3 AgriServices社は、2014年に設立した「FaaS(Farming as a Service、サービスとしての農作業)」をコンセプトとするプラットフォーム企業です。播種や移植、作物管理、収穫、収穫後の農場管理、整地といった農作業サービス(=カスタムハイアリングサービス)を提供する事業者と、農作業を依頼したい農家を結びつけ、農家は利用に応じて料金を支払います。これまでに1,330万ドルを調達しており、Uberのトラクター版とも言われています。Rajasthan州を中心にEM3 AgriServices社の提供するプラットフォームに参加する330の事業者をフランチャイジーとして確保し、事業者に対して教育訓練も実施しています。2016年からは農作業を提供するフランチャイジーが農機を購入する場合、Rajasthan州政府から40%の補助金の支援を受けられるスキームが構築されています。EM3 AgriServices社は、今後、フランチャイジーを1,240社に拡大する目標を掲げています。
図 2 EM3 AgriServices社と各アクターとの関係
(出典)EM3 AgriServices社のWebサイトなどの公開情報から作成
Mahindra & Mahindra社の子会社で、2016年に設立されたTrringo社は、農家がアプリ上から農機をレンタルできるサービスを提供しています。利用者は近場のフランチャイジーから農機の貸出しを受けることができます。同社は、全てのインド農家にとって農機が身近な存在となることを目指しています。
また、同じく子会社のMahindra & Mahindra Financial Services社は、農村部に展開する同国最大のノンバンクです。アプリ上から申込みのできるローンを提供しており、トラクター購入者向けから始まり、現在では自動車購入、教育や医療など、幅広い領域に対応した金融サービスの提供を行い、金融包摂を促しています。
米国の食品・飲料メーカーPepsiCo社は、インドでも主要なジャガイモの生産地であるWest Bengal州の契約農家に対して、「360-Degree Farmer Connect」プログラムを提供しています。本プログラムは、農家に安定した生産を支える技術の提供と、農作物を事前合意した価格で買い取る収入保証を行っています。加えて、現地の銀行や保険会社とも提携し、農家が融資を受けたり不作の場合には保険を受けられるようにしています。これによって、農家が安定した収入のもとに農機を購入したり利用できる環境を整えています。
以上、インドの農業機械メーカーと、農機普及に向けたサービスや工夫を紹介してきました。インドにおける農業の近代化は、政府の基本的な方針に沿う形で、州政府や業種を超えた事業者間の協働によって目指されています。こうした取組みは、農業インフラの整備と企業の成長の両立を目指すもので、SDG17で掲げられるグローバル・パートナーシップの事例と言えます。
ソリダリダードはこれまでのインドでの活動経験から、現地企業や政策担当者とのネットワークを形成しており、またコミュニティに関する情報も保有しています。こうした知見を先進国の企業に提供し、現地関係者との協働関係を形成する支援を行い、開発とビジネスを結びつけてきました。ソリダリダードはインドで事業活動する日本企業に対しても、現地関係者との関係構築を支援することで、農家の実態に寄り添った形での農業の近代化に貢献できるのではないかと考えています。
農機の普及には、農家の抱える低所得という課題を乗り越える必要があり、それには事業者や政府機関、コミュニティとの連携が重要です。Mahindra & Mahindra社やPepsiCo社は、他組織との連携によって農家の生活を支える社会基盤を整備しようとしています。また、インドでは2014年から「企業の社会的責任(CSR)」が法的に義務化されていますが、CSRを現地コミュニティに溶け込む手段として積極的に用いる企業もあります(例えば、上述したDeere & Company社)。そこで、インドで展開する農機メーカーによるCSR活動について、次回、紹介します。
2021年9月17日
リサーチ・フェロー:朝倉 隆道
(主要な参考文献・ウェブサイト)
絵所秀紀 2019, 「インドにおける農業機械化進展の特徴--トラクター産業を中心に」, 『経済志林』, Vol.87(1. 2): 201-281.
杉本大三 2004, 「インド・パンジャーブ州における労働節約的技術の普及と農業労働雇用」, 『経済学雑誌』, Vol.105(1): 102-127.
FICCI-Grant Thornton 2015, Transforming Agriculture through Mechanisation: A Knowledge Paper on Indian Farm Equipment Sector.
政府関係機関:
NITI Aayog:https://www.niti.gov.in/
農業機械メーカー:
Mahindra & Mahindra社:https://www.mahindra.com/
John Deere Equipment社:https://www.deere.co.in/en/index.html
その他事業者:
EM3 AgriServices社:http://www.em3agri.com/
Mahindra & Mahindra Financial Services社:https://www.mahindrafinance.com/
PepsiCo社:https://www.pepsico.com/
Trringo社:https://www.mahindra.com/stories/trringo
[1] インド農業動態調査では、農地面積によって経営体を5段階に分けており、1ha以下の零細(Marginal)、1-2haの小規模(Small)、2-4haの準中規模(Semi-Medium)、4-10haの中規模(Medium)、10ha以上の大規模(Large)とされます。なお、1haはサッカーコート1.4面に相当します。
[2] 絵所によれば、「カスタムハイアリングとは,様々な農機を使用して様々な農作業(耕作や収穫)を請負うことである」(絵所 2019)。また、杉本(2004-06)を引き「賃作業サービス」と表記されること、また請負う作業内容によっては賃耕や賃刈とも呼ばれることもあります(絵所 2019)。