世界中で多くの人に愛されるコーヒー。1日20億杯以上が飲まれているといわれています。日本では、喫茶店やカフェではもちろん、最近ではコンビニエンスストアでも、淹れたてのコーヒーが飲めるようになりました。コーヒーはますます身近な飲み物になりました。しかし、その一方で、遠くない将来、コーヒーが今のように手軽に飲めなくなるかもしれないという持続可能性の問題が指摘されています。コーヒー産業全体として、持続可能なサプライチェーンを築いていくことが迫られています。
コーヒーの持続可能性への問題は、主にサプライチェーンの上流(コーヒー豆の生産現場)で起きているため、最下流にいる消費者の私たちにはあまり知られていません。しかし、コーヒーの恵みを享受する消費者は同じサプライチェーンでつながっている以上、その問題に目をつぶり、無関係で居続けられるはずはありません。これからもおいしいコーヒーが身近な飲み物であり続けるために、消費する側である私たちが問題を認識し、解決のための選択をすることが、今求められているのではないでしょうか。
では、生産現場ではいったい何が起きているのでしょうか。コーヒーは、コーヒーベルトと呼ばれる赤道を挟んだ北緯25度から南緯25度までに位置する約70か国で生産されています。多くが発展途上国と呼ばれる国で、その生産現場では、生産者の貧困問題、森林伐採や地球温暖化の悪影響などにより、コーヒーの持続可能性に関する問題が起きています。
今回は、生産者の貧困問題について考えてみましょう。Solidaridadなど5つの団体が発表したCoffee Barometer 2020によると、コーヒー生産者は、世界中で1,250万人ほどいるといわれ、ブラジルなどにある一部の大規模農園を除くと、その多くは、栽培地が5ヘクタール以下の小規模農家です。世界のコーヒーの70%以上が、これらの小規模農家により栽培されています。多くの農家は、コーヒーから十分な収入が得られず、貧困と隣り合わせの生活を強いられているのです。
生産者の貧困の原因の一つに、不安定で、低水準で推移するコーヒー豆の取引価格があります。コーヒー豆は、主にアラビカ種とロブスタ種の2種類があり、それぞれ、ニューヨークとロンドンの先物取引市場で基準となる国際価格が決められています。国際価格は、コーヒーの生豆表1は、1990年以降の価格の変化を示しています。低水準で推移するコーヒー価格は、1994年と1997年に一時的に高騰するものの、その後徐々に下落し、2001年には史上最低価格を記録しました。これは「コーヒー危機」と呼ばれ、多くの生産者が苦しい状況に陥ったことが報告されています。コーヒー価格は、その後も低迷を続け、2011年と2014年に高騰するものの、2018年以降は再び価格が低迷しています。このようにコーヒー豆の価格は一時的な高騰と長期的な価格の低迷を繰り返す特徴があります。
表1
ICO(International Coffee Organization)ICO Composite & Group Indicator Prices- Monthly Averages より筆者。
2018年の価格の低迷を受け、国際コーヒー機関(International Coffee Organization)が2019年に行った調査“Survey on the impact of low coffee prices on exporting countries”では、調査対象となった13か国すべてにおいて、コーヒー価格の低下により、コーヒー農家の収入の低下が認められ、その内8か国は農家の貧困が増えたと報告しています。収入の低下により、食料、医療、教育への出費が減っていることも確認されています。また、この調査では、農家の家計への影響だけでなく、入手可能な農薬や肥料の減少、コーヒー生産にかける時間の短縮、そしてコーヒー農園から移住する人の増加など、コーヒー生産そのものへの悪影響も確認されています。
なぜ、コーヒー豆の価格はこのように不安定で低価格なのでしょうか。それは基本的に価格は需要と供給のバランスにより決定されるため、全体の生産量、特に世界最大のコーヒー産地であるブラジルの生産量に大きく左右されます。また、ブラジル通貨レアルの対米ドル価格や投機目的の取引など、いくつかの要素も価格に影響を与えていますが、共通している問題は、生産者に価格決定権がないということと、生産コストとは関係なく価格が決められるということです。価格が低下した場合、生産者は生産コスト以下でコーヒー豆を売ることを余儀なくされ、十分な収入を得られないどころか、コーヒーを売ることで、ますます貧しくなっているのです。実際に、国際コーヒー協会が行った調査“Assessing the economic sustainability of coffee growing”では、2006年から2015年の10年間で、コーヒー豆は生産コスト以下で売られていたケースが多く報告されています。
では、生産にとって望ましい価格とはいったいいくらなのでしょうか。その手掛かりとして、まずはコーヒー豆の生産コストを見てみましょう。生産コストは、豆の品種、生産国の物価や農園の規模、有機栽培の導入の有無などにより異なり、試算はいくつかありますが、ここでは小規模生産者から高品質のコーヒー豆を輸入するCARAVELACOFFEEが中南米7か国で行った調査 “A Study on Costs of Production in Latin America”について見てみましょう。各国の生産コストは表2の通りですが、報告書で記載されている通り、これは農園内における生産コストなので上記の先物市場価格(輸出までのコストを含めた価格)と比較するには、それぞれ15セント~25セント/ポンドする必要があります。例えば、7か国の生産コストに15セントをプラスすると1.22ドル~2.19ドルになります。過去にコーヒー豆の価格がこの水準に達した時期は、僅かしかありません。しかも、この価格はあくまで生産コストをカバーするだけのもので、農家の生活を支える収入としては十分ではありません。このような価格システムでは、生産者は一時的な価格の高騰以外、十分な収入を得られないのです。
表2
Caravela Coffee “ A Study on Costs of Production in Latin America” より筆者作成。
生産者が十分な収入を得られていないのであれば、我々、消費者が支払うコーヒーの代金はいったいどこに行っているのでしょうか。様々な試算はありますが、ここでは、2019年6月のファイナンシャルタイムズの記事 “From beans to cup, What goes into the cost of your cup of coffee” の例を見てみましょう(表3参照)。その試算によると、1杯のカフェラテコーヒーが2.£(1£=約154円で計算すると385円)の場合、コーヒー豆の値段は10ペンス(15.4円)、そのうち精製、輸送コストなどを除いて、生産者にわたるのは1ペンス(約1.5円)です。もちろん、コーヒー豆からコーヒーを作るためには、精製、輸送、焙煎など、様々なプロセスがあり、それぞれにコストはかかります。とはいえ、この内訳は原材料に支払う額が少なすぎるのではないでしょうか。Coffee barometer 2018によると、コーヒー産業全体の収益は年間2000億ドルですが、その10%しか生産国側は享受していないと説明しています。一方、ジェフリーサックスらの研究 “Ensuring Economic Viability and Sustainability of Coffee Production”によると、消費国側の大手焙煎/小売業者の中には営業利益率が15%を超えるところもあるといわれています。このような指摘から、生産者が生産コスト以下の価格でコーヒー豆を売らざるを得ない一方、消費国の焙煎/小売企業は十分な利益を得ていると考えられます。
表3
出典:ファイナンシャルタイムズ
このように、現在のコーヒーのサプライチェーンでは、価値の配分があまりに偏りすぎているといえます。私たちが気軽に楽しんでいるコーヒーは、実は生産者の犠牲のもとに作られているとしたら、それは果たして持続可能なのでしょうか。
次回は、地球温暖化がコーヒー生産に及ぼす影響について、考えてみたいと思います。
2021/06/14
ライター:橘 欣子