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パーム油のサステナビリティを考える

2022年1月30日

ソリダリダード・ジャパン事務局長

楊 殿閣(やなぎ でんか)

私たち消費者は、日ごろ「パーム油」についてあまり考えることはありません。しかし、私たちが毎日使っている食品(マーガリン、カップラーメン、お菓子、冷凍食品など)、洗剤、化粧品など多くの商品の原料としてパーム油が使われており、私たちの生活はパーム油に取り囲まれている、と言ってもいいくらいなのです。また、パーム油はバイオマス燃料としても使われています。パーム油は熱帯地域で栽培される「アブラヤシ(Oil Palm)」という植物の果実から絞ったもので、生産量は大豆油や菜種油などを押さえて食用油の中で現在世界最大です。パーム油の最大の魅力はその安価さですが、近年ではパーム油の生産地で発生する環境問題や人権問題が注目されており、パーム油を利用する企業の倫理的責任をめぐる議論が盛んになっています。私たち日本の消費者もパーム油の安さの恩恵に浴していますが、その背景にある環境問題や人権問題に目をつぶっていることは許されなくなりつつあります。

この記事では、パーム油の生産現場(途上国)で発生している問題と、生産地から私たち消費者に届くまでのサプライチェーンをめぐる議論、SDGsの時代に求められている社会変革のための取り組み、そしてソリダリダードの活動事例を紹介しながら、皆さんと一緒にパーム油の生産と消費における持続可能性(サステナビリティ)を考えてみたいと思います。

パーム油の生産地で起こっている問題


パーム油の生産で発生する主な問題は2つあります。1つ目はパーム油の生産が環境破壊につながるという問題です。森林を伐採して「アブラヤシ」農園を開拓していくと、熱帯雨林や多様な生物の生存環境の破壊につながります。また、農地開拓は泥炭地 (未分解有機物の堆積をとじ込めている湿地であり、「炭素の貯蔵庫」とも呼ばれています。)の攪乱を伴う場合もあり、泥炭地が破壊されると、そこから大量の温室効果ガスが大気中に放出されてしまいます。こうした側面から、パーム油の生産が環境問題として取り上げられています。

2つ目は農園で働く労働者が直面する問題です。途上国の小農(大規模農園の出稼ぎ労働者を含む農民)は、貧困にあえぐ過酷な生活環境におかれています。また、農園や工場では労働者が劣悪な労働条件・環境で働き、児童労働を含む人権問題があるとも指摘されています。こうした生産地の状況は様々なメディアによって報道されており、パーム油の生産に伴う環境問題や人権問題が徐々に消費側でも知られるようになってきました。

調達企業と消費者に潜在する問題


前節では、パーム油の生産地で発生する環境問題と人権問題について紹介しました。しかし、パーム油をめぐる問題は生産地だけで起きているという訳ではありません。企業は生産地で発生する問題の予防や改善のための取り組みに対してあまり資金を投入してきませんでした。グローバル企業が支配するフードシステムでは、企業(とりわけ多国籍企業)は経済活動に伴う環境と社会への負荷を生産地に押し付けて利益を獲得してきました。パーム油は原料としてさまざまな商品に使われていますが、販売されている商品の売上総利益の分配構成に関しては、図「パーム油のバリューチェーンにおける売上総利益の分配概要」で示しているように、下流の企業(日用消費財産業と小売業)が最も多くの利益を得ています。他方、小規模農家が得られる利益の割合はゼロに近いと報告されています(注1) 。

このようなフードシステムの上で、日本の消費者は生産現場の状況を認知せずに安い商品に囲まれた生活を享受するという恩恵を受けています。しかし、安い商品が販売されている背景を考えると、潜在する問題への意識や配慮が欠落している消費行動は、倫理的責任の欠落状態とも言えるでしょう。商品の生産にかかる環境的社会的コストに対して、消費者が無関心である場合、そこに資金を投資しない企業活動が許容されることになります。企業活動は消費行動と密接な関係にあり、昨今しばしば見聞きするようになった「倫理的消費」は、まさにこの観点から求められていると言えます。

つまり、パーム油のサプライチェーンにおいて、生産地で発生している問題の背景には企業の無責任問題と消費者の無関心問題もあると言えます。

SDGs時代に求められている社会の変革

「誰一人取り残さない」というSDGsの理念は、持続可能なパーム油のサプライチェーンを構築する上でも重要です。「誰一人取り残さない」サプライチェーンを実現するためには、異なる立場のプレーヤーは各々の努力だけではなく、多様なステークホルダーとのコミュニケーションやコラボレーションも同様に求められます。 近年、途上国の生産現場で起こる環境問題と人権問題に対して、先進国の企業が果たすべき責任に関心が寄せられています。したがって、日本企業はサプライヤーの状況について十分に把握し、企業活動が生産地のコミュニティに与える影響や調達先が抱える課題の改善にも責任を果すべきであり、市民社会との連携を有効な戦略として捉えるべきです。企業の取り組みは千差万別ですが、国や地域によってもばらつきがあります。欧米諸国に比べて、日本では企業と市民社会の協同・連携の経験が少ないというのが一つの特徴と言えます。

また、消費者の意識啓発・行動変容を促す気運が高まるなか、日本の消費者は他の先進国の消費者に比べて、商品の安全性に対する関心が高い一方で、商品の生産過程で発生する環境問題と人権問題に対する認識は決して高くないというのが現状です。倫理的な消費行動としては、まず生産現場で起こる問題(とりわけ環境問題と人権問題)から目を背けないことが重要です。次に問題の解消に向けて消費者にできることは、環境的社会的コストをも含む商品価格を受け入れ、そうした商品を積極的に選択することがあげられます。このような消費側の変化、倫理的消費行動が広がれば、企業側も生産現場の状況改善に資金を投入するインセンティブを持てるようになり、生産側が抱える課題の早期改善、より良い環境とより良い社会の構築に結びつくことができます。

社会の変革は市場メカニズムによって牽引されるだけではなく、政府からの介入・調整によって方向づけられる場合もあります。パーム油に関しては、先進国では調達基準・規制政策が進められており、認証を受けているパーム油の輸入が推奨されています。「RSPO」(持続可能なパーム油のための円卓会議)は、2004年に設立された持続可能なパーム油の生産と消費を目指す国際認証制度です。また、パーム油の主要生産国であるインドネシアとマレーシアは、生産側の状況改善を重視する国家規格(インドネシアでは「ISPO」認証、マレーシアでは「MSPO」認証)を設立し、国内の事業者に対して農園を運営する基準の義務化を進めています。EUでは、企業の自主的な取り組みと、政策による規制の組み合わせが相乗効果を発揮し、輸入パーム油の90%以上がRSPO認証を受けています。これに対して、アジアではISPOとMSPOの役割への期待が高まっています(注2)。

SDGsの時代では、社会の変革が求められており、企業・消費者・政府は小規模生産者が取り残されないためにそれぞれの立場から果たすべき役割があります。

ソリダリダードの取り組み

以下ではソリダリダードの活動事例を紹介します。ソリダリダードは生産者、企業、消費者、政府に対して働きかけ、市民社会として持続可能な農産品(パーム油を含む)サプライチェーンの構築に取り組んでいます。活動展開においては小規模農家への支援を中心に置き、a)農家の利益、b)自然とのバランス、c)社会的な包摂、という3つの原則を掲げています。これまで様々な地域や国でパーム油のプロジェクトを実施してきましたが、以下の4つの社会的インパクトを目指しています。

① 既存の農園での生産性の向上、農園管理の改善、農家の生活および農民の労働条件の改善。

② 小規模農家の組織化と農民組織の経済的な自立、技術的・教育的なトレーニングを通じての雇用創出。

③ 農園の管理基準と農園を取り巻く景観全体を顧慮するランドスケープ戦略に基づき、土地や森林の損失を最小限に抑え、環境へのダメージの軽減。

④ 国際認証の取得支援や国家基準の整備を支援しながら、企業がサプライチェーンで責任を果していくことへの貢献。

生産者に対する直接的な支援

ソリダリダードは農民向けの研修やトレーニングを長年にわたって行ってきました。まず農園開拓のために新たな森林を伐採するのではなく、既存の農園での収穫量の増加と生果房の品質を向上させるための支援を行います。そのために、農園管理に必要な知識や技法と、搾油工場やサービス提供者からの情報を農家に伝達しています。また、生産者が農園を拡大する際、ソリダリダードは、①植え替えのための焼却を行わないこと、②劣化した土地の利用を優先し、保護価値の高い地域や泥炭蓄積量が多い場所を避けること、③事前に農園を取り囲む景観全体の状況を把握し、計画をよく練り、計画に沿って農園開拓を行うことを推奨しています。

近年ではデジタルのツールを積極的に導入しており、農家が天候情報にアクセスすることによって、計画的な農作業が進められるようになりました。また適切な農法や技術の情報を得ることによって、環境への影響を低減させながら生産性の向上に役立っています。そして、農家が直接市場での動向や取引に関する情報にアクセスすることにより、より良い条件で市場への参加を実現しています。 更に、生産地では、子ども、女性、(移民)労働者といった不利な立場にあるマイノリティグループの権利が保証され、生産者コミュニティがパーム油の生産と加工からより多くの恩恵を受けられるような支援活動を実施しています。

ソリダリダードはラテンアメリカやアジア、アフリカで支援活動を行ってきました。支援の対象農家では、地域や国ごとに若干の差異もありますが、基本的には既存のアブラヤシ農園の管理において、以下の活動を「ベスト・アグリカルチャー・プラクティス」と呼び推進しています。

農家を取り巻く外部環境への働きかけ

ソリダリダードが支援している農園では、従来の生産方法に比べて、土地、水、肥料などの使用量をどの程度減らしているかを示すことができます。またアブラヤシ植栽地の拡大に伴う土壌流出も減らしています。こうした持続可能な生産活動に移行した小規模農家に対して付加価値を見出し、投資する企業が増えていくと、生産地コミュニティに対するインパクトも大きくなります。

市場への働きかけでは、例えば、持続可能なパーム油(とりわけ小規模農家が生産するパーム油)の導入を促進するために、ヨーロッパや中国、インドなどでは企業に対して啓発活動を行っています。また、パーム油を使用した製品を取り扱う企業と積極的にパートナーシップを結び、生産地におけるプロジェクトに共同投資して生産におけるリスクマネジメントに協力し、企業の持続可能なパーム油調達を支援しています。

更に、輸入国に対して、公共調達基準の策定に向けての働きかけや、RSPOとMSPOとISPOの普及に協力し、認証制度を通じて持続可能なパーム油の実現に取り組んでいます。

真のサステナビリティを目指して

現在、ソリダリダードは真のサステナビリティを目指して活動を展開しています。様々な認証制度や調達基準が混在するなか、ソリダリダードは特定の認証制度にとらわれず、企業や消費者、政府、生産者に対して多様な働きかけを行い、セクター全体の変革を推進しています。単に認証基準を満たすための支援ではなく、生産者が正当な利益を得られるようなサプライチェーンの構築を目指しています。ソリダリダード・ジャパンは、これまで協力団体と一緒に連続ウェビナーなどを実施し、パーム油を含む様々なテーマを取り上げ、真のサステナビリティにとって重要な側面を検討してきました。これからも世界各地におけるソリダリダードの取り組みを日本の皆さんに紹介しながら、日本企業のSDGsやCSR/CSV、サステナビリティ推進などへの取組をお手伝いし、多様なアクターとの国際的な連帯に貢献できれば幸いです。

注1:Chain Reaction Research Report「FMCGs, Retail Earn 66% of Gross Profits in Palm Oil Value Chain」(2021)

注2:道田悦代「パーム油持続可能性認証に関する途上国の視点と調達コードの議論」環境経済・政策研究Vol.12, No.1(2019)