Webinar 「ネイチャーポジティブ:自然を基盤とした解決策の最前線」開催報告

2025年5月、ソリダリダード・ジャパン主催のウェビナー「ネイチャーポジティブ:自然を基盤とした解決策の最前線」が開催され、約100名の方にご視聴いただきました。

ウェビナーでは、企業・研究機関・市民社会の多様な立場からScope3排出削減と自然再生をつなぐ実践的なアプローチが共有されました。本記事では、当日の講演およびパネルディスカッションの内容を、登壇者ごとにご紹介します。

【主な内容】
・CI(コンサベーション・インターナショナル)とケリング社によるRegenerative Fund for Natureの紹介

・再生型牧畜による皮革原料生産の実践事例と生産者の声

・ソリダリダードがインドやラテンアメリカで展開する再生型農業の支援活動

・日本企業が小規模生産者と共に歩む「ネイチャーポジティブ経営」の可能性

開催概要

開催日時:2025年5月29日(木)16:00〜17:20

開催形式:Zoomウェビナー(事前登録制)

主催:一般社団法人ソリダリダード・ジャパン

登壇者

松本 由利子 氏(CIジャパン)

藤崎 泰治 氏(地球環境戦略機関(IGES)主任研究員)

藤原 啓一郎 氏(LA-Lab代表/東北大学ネイチャーポジティブ拠点客員教授)


プログラム

オープニング:ウェビナーの趣旨説明、ネイチャーポジティブの位置づけ、団体紹介(ソリダリダード・ジャパン)

第一部:基調講演と現地からの報告

 ・基調講演:ネイチャーポジティブ経営と企業の連携の可能性 グローバル潮流と連携事例から(松本由利子氏(コンサベーション・インターナショナル・ジャパン))

 ・現地からの報告:アルゼンチンのグラン・チャコ地域における小規模生産者の環境再生牧畜の取り組み(ソリダリダード・アルゼンチン)

第二部:パネルディスカッション「企業との連携可能性:これまでとこれから」

モデレーター:佐藤 寛(ソリダリダード・ジャパン)

パネリスト:藤崎 泰治 氏(地球環境戦略機関(IGES)主任研究員)、藤原 啓一郎 氏(LA-Lab代表/東北大学ネイチャーポジティブ拠点客員教授)、松本 由利子 氏(CIジャパン)


【第1部:基調講演と現地からの報告】

基調講演:ネイチャーポジティブ経営と企業の連携の可能性 グローバル潮流と連携事例から(松本由利子氏(コンサベーション・インターナショナル・ジャパン))

制度の限界と関係構築の必要性

松本氏は、企業によるネイチャーポジティブな取り組みを進める上で、現在の国際的な潮流とその限界について整理しました。

前半では、企業が環境配慮を示す手段としての「認証制度」や「スコープ3排出削減努力」が進んできた一方で、こうした制度的対応だけでは現地の生計改善や生物多様性保全には直結しない課題があることを指摘。

特に、「認証がある=持続可能」と捉えられがちな風潮が、現地の複雑な課題を見えにくくしている点に懸念を示しました。

制度的な“チェックボックス”ではなく、企業が本当に支援すべき場所と向き合い、土地や人々と関係を築くアプローチへの転換が必要だと提起しました。

ケリングとの協働によるファンド事例

後半では、仏ケリング社とCIが共同設立した「Regenerative Fund for Nature(ネイチャーポジティブ・ファンド)」を紹介。

このファンドは、コットン、ウール、カシミヤといった主要原料の調達地において、再生型農業を支援しながら生物多様性の回復を進めることを目的としています。

松本氏は、「Scope3や森林破壊ゼロへの対応において、単に環境リスクを回避するのではなく、企業が積極的に再生への投資者となることが求められている」と強調。

また、「企業の調達戦略と現地住民の生計支援、土壌や生態系の健全性を一体的に設計すること」がネイチャーポジティブの実装には不可欠だと述べました。

ランドスケープアプローチの視点

さらに松本氏は、ネイチャーポジティブを実現するための実践的フレームワークとして「ランドスケープアプローチ」の意義にも言及しました。

この手法は、生産活動・生物多様性保全・地域住民の生計改善など、相互に関連する要素を地理的まとまりの中で統合的にとらえるものです。

「保全と開発」「環境と人権」「ビジネスとコミュニティ」という一見異なる目標を、同時に実現する空間単位での協働が鍵になると強調しました。


現地からの報告:アルゼンチン グラン・チャコ地域における小規模生産者の環境再生牧畜の取り組み

背景の説明:吉田秀美(ソリダリダード・ジャパン)

講演に先立ち、 吉田が、アルゼンチン・グランチャコ地域における再生型牧畜プロジェクトの背景を解説しました。

グランチャコはアマゾンに次ぐ南米第2の森林生態系で、先住民や小規模農家が多く居住する一方、農地転換や違法伐採、放牧による土壌劣化などが進行しており、気候変動への脆弱性が高まっています。

また、現地の状況を「インフラが乏しく、土壌は荒廃しつつあり、紛争も発生している」とし、再生型牧畜のアプローチを「自然の循環を活かし、土壌や生態系の健全性を高める取り組み」と紹介しました。

ミラグロス・メナ(ソリダリダード・アルゼンチン)

続いて、現地プログラムマネージャーのミラグロス・メナがプロジェクトの概要を説明しました。

チャコ地域の小規模生産者の多くが、非公式な土地利用と開放型放牧に依存しており、森林劣化と生計の不安定化が同時に進んでいると指摘。

再生型牧畜はこれに対抗する手段として、土壌保全・家畜管理・インフラ整備・研修・ジェンダー配慮を含む包括的な支援を展開しています。

2022年からのフェーズ1では12万ha・233世帯が参加し、収入増加や家畜の健康改善などの成果が報告されています。

2024年からはフェーズ2として、21.5万ha・430世帯への拡大が進行中であり、地域全体の生態系回復と経済的安定の両立を目指しています。

ロサナ・ペレイラ(現地生産者)

現地の小規模農家ロサナ・ペレイラ氏も、自らの体験を通じて変化の実感を語りました。

65haの放牧地を管理する中で、当初は過放牧による草地劣化に悩まされていましたが、プロジェクトに参加し、区画ごとのローテーション放牧や記録管理を導入することで、家畜の健康と牧草の質が目に見えて改善したといいます。

「子牛がよく食べ、餌を満足そうに食べる姿を見たとき、今までにない達成感があった」と話す彼女は、技術習得だけでなく、家族や地域への波及効果の大きさも強調しました。

また、「気候変動の影響が深刻化する中、次世代にどのような土地を残せるかが最大の関心」と語り、再生型牧畜の重要性を力強く訴えました。


【第2部:パネルディスカッション】

モデレーター:佐藤寛(ソリダリダード・ジャパン)

事例報告

藤崎泰治氏 (地球環境戦略研究機関(IGES))

藤崎氏は、ガーナとベトナムにおける現地調査の経験から、外部者の視点と現場のニーズとのギャップについて言及しました。

ガーナのカカオ農家においては、森林減少や児童労働に対する関心から認証制度の導入とトレーサビリティ確保が進められているものの、実際には肥料不足や価格低迷による収入の減少が深刻な課題であり、認証によって生活が改善されたとは言い難いと報告。

ベトナムの木質ペレット生産では、短い伐採サイクルと焼畑の増加が森林バイオマスの劣化とGHG排出を引き起こしており、これらも外部からは見えづらい問題だとしました。

藤原啓一郎氏(東北大学ネイチャーポジティブ発展社会実現拠点/ソリダリダード・アドバイザー)

藤原氏は、企業のESG開示ガイダンスが、投資家の判断に寄与する比較可能な情報開示に偏りすぎることで、企業には大きな負担になるとともに、投資家も使いこなせていない現状に警鐘を鳴らしました。

キリンホールディングスの事例を取り上げ、認証品を買うことで起こる現地茶園のダイベストメントを避けるために、スリランカの茶葉生産地全体の持続可能性可能性を高めるレインフォレスト・アライアンス認証取得支援を始めた自らの経験を紹介。

商社経由の調達なのでキリンの名前が知られておらず当初苦労したことや、小規模農家への適切な農薬・肥料使用の指導が現地販社の反発・妨害を招いたことにも触れ、「制度や認証だけに頼らず、現地との信頼関係の構築・対応が不可欠」であることを伝えました。


討論

生産地コミュニティの現状とサステナビリティ開示基準のギャップはなぜ生じるのか

藤崎氏:制度や認証は国際社会の期待に応える形で整備される一方、現地の生計課題や環境の実態が反映されにくい構造的ギャップを指摘。

藤原氏:実態に属さない過度なESG開示指標への対応に企業が忙殺され、実際に必要な現地活動を妨げている実態を紹介。

松本氏:グローバルな評価基準が、地域文脈の複雑さを拾いきれないことにより、実際の支援内容が過小評価される危険性を示唆。

ギャップを乗り越えるためには?

藤原氏:企業は積極的に投資家と向き合い、生産地・企業に真に貢献できる開示基準について理解を促す努力が必要であると強調。

松本氏:生産地の課題は森林だけでなく、生計・教育・保健・ジェンダーなど多層的。企業と現地の対話と共創により、評価軸との乖離を埋める必要性を説く。

藤崎氏:開示基準にも変化の兆しはあるが、地域文脈を反映させるには柔軟性と対話が鍵。


まとめ

佐藤は、現地の声を企業や行政に直接届けることが難しい現実を踏まえ、「現場に通じる中間支援者が対話を橋渡しする役割を担うことで、企業・NGO・行政など多様なアクターが連携できる」と強調しました。
特に、ランドスケープアプローチに基づいた協働の枠組みづくりと、競合を越えた企業間連携、そして現地政府との連携が、ネイチャーポジティブな取り組みの実装には欠かせないとし、「マルチステークホルダーによる協調的アクションこそが求められている」と締めくくりました。