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新しい経済理論が必要だ、とユヌス氏は言った。

 

2006年に自身が創設したグラミン銀行と共にノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏。私はそのユヌス氏に、「無利子のマイクロ・ファイナンスができると思うなら自分でやってみればよい」と言われて実際に始めたムハマド・アムジャッド・サキブ氏が創立したAkhuwatを研究対象のひとつとしている。アムジャッド・サキブ氏は、ユヌス氏に比べ格段に知名度が低いと思うが、2021年に「アジアのノーベル賞」とも呼ばれるラモン・マグサイサイ賞を受賞した。私がAkhuwatについて話すと、ほぼ必ずと言っていいほど「グラミン銀行とはどう違うのか」と聞かれるので、グラミン銀行やユヌス氏についても読み始めたところであった。

そんな中、去る1月22日、私が所属する立命館アジア太平洋大学(APU)がソーシャル・ビジネスのオンライン・シンポジウムを開催し、ユヌス氏の基調講演があったので参加してみた。30分という短い時間で基調講演と質疑応答をするという設定で、ユヌス氏はテンポよくシンポジウムのテーマに沿って大学の役割やイノベーションの必要性を話し、現在のように富裕層が更に富む世界を変えるには、新しい経済理論が必要だと力強く訴えた。

その言葉に、あ、ここはぜひ聞いてみたい!とチャットに質問を書き込んだら、幸いにも司会者の目に留まり発言権を与えられ、ご本人に直接話して聞くことができた。

Dr. Yunus, I am glad that you raised a need for new economic framework and new theory! I am researching the “social and solidarity economy” which is considered as an alternative to capitalist and authoritarian, state-led economic systems. It includes microfinance and social enterprises. However, it is still at margin and does not get recognition. What do you think it is lacking to be taken more seriously by economists? (新しい経済理論の必要性を訴えてくださって嬉しいです。私はマイクロ・ファイナンスやソーシャル・ビジネスも含まれる「社会的連帯経済」を研究していますが、認知度が低いです。どうやったら経済学者の間でもっと議論されるようになるとお考えですか?)

これに対しユヌス氏は、「あなたが見ているマイクロ・ファイナンスはNGOなのではないですか?銀行は何も変わっていない。銀行が変わらなくては、金融システムが変わらなくては、何も変わらない」という答え。私がAkhuwatを研究していると知っているはずはないのに、なぜ?と思いながら、もっと議論を続けたかったけれど礼儀上、「Thank you.」とだけ言い、私からの質問を最後として、基調講演の部は終了したのであった。

ユヌス氏は講演の際も、現行の金融システムが一握りの富裕層が更に富むようになっていることへの憤りを語っていたので、金融システムの変革を主張するのは良くわかる。自伝も『Banker to the Poor(貧困なき世界をめざす銀行家)』で、銀行や金融を重視していて当然だろう。ただ、既存の金融システムを介在しない部分もあるのが「社会的連帯経済」の特徴である気がするし、地域通貨やタイム・バンクという取り組みも「社会的連帯経済」に含まれる。新しい経済フレームワーク、経済理論を構築しなければならない、と訴えるのであれば、貨幣や銀行や金融システムにこだわることから止められないものか、とぼんやりと思った。

フランスで「社会的連帯経済」を牽引する学者であるジャン=ルイ・ラヴィルは、『Theory of Social Enterprise and Pluralism: Social Movements, Solidarity Economy, and the Global South』で、ユヌス氏やソーシャル・ビジネスを「第二世代の新自由主義」ないし現行の資本主義経済システムに取り込まれた「フィランソロピー的連帯」と呼び、経済の概念を変革する「民主的連帯」とは違う、と区別している。

ラヴィル氏とユヌス氏、相容れない点は多々あるとしても、少なくとも、新しい経済システムを模索しているという点では一致するのではないだろうか。いま読みかけの『経済学のパラレルワールド:入門・異端派総合アプローチ』にある、「異端派経済学同士が小さな差異をめぐって小競り合いをするのはよくない…すべての異端派は発言権の確保を目指して大同団結し、異端派理論そのものも異端派相互の研鑽によってグレードアップを図ろう、それこそが、新古典派経済学と新自由主義が猛威を振るう今日、異端派経済学に求められている使命である…」を思いだした。「社会的連帯経済」を出来るだけ広く捉えることの意義は、ここにある気がする。

社会的連帯経済リサーチ・フェロー:高須 直子

参考文献

Eynaud, P., Laville, J-L., Lucas dos Santos, L., Banerjee, S., Avelino, F. and Hulgård, L. (Eds.) (2019). Theory of social enterprise and pluralism: Social movements, solidarity economy, and the Global South. Routledge

Yunus, Muhammad with Alan Jolis. (1999/2003). Banker to the Poor: Micro-lending and the battle against world poverty. Public Affairs

岡本哲史・小池洋一(編著)『経済学のパラレルワールド:入門・異端派総合アプローチ』新評論、2019年