セミナー「認証を超えた価値創造へ:企業と生産地をつなぐ新たな可能性」開催報告


2025年8月1日、ソリダリダード・ジャパンは駐日オランダ王国大使館の後援を受け、対面セミナー「認証を超えた価値創造へ:企業と生産地をつなぐ新たな可能性」を開催しました。

以下に概要を報告します。


概要


本セミナーでは、まずソリダリダード・ヨーロッパの政策担当者が、EUDRやCSDDDといったEUの主要なサステナビリティ規制の背景と現状を、NGOの立場から率直に解説しました。

続いて日本の研究者が、企業が生産地支援に取り組む意義と背景を説明し、地域全体の持続可能性向上をめざすアプローチとして、マルチステークホルダーによるランドスケープ・アプローチの重要性を提案しました。

また、カカオの専門商社からは、長年にわたる生産地コミュニティ支援の具体的な取り組みが紹介され、近年の「カカオショック(価格高騰)」において、こうした地道な実践が企業の信頼獲得につながっているという示唆が共有されました。

パネルディスカッションでは、これらの講演をもとに議論を深め、登壇者全員が「まずは企業が生産地を訪れ、自分の目で課題を確認すること」が重要との見解で一致しました。


各講演の要旨

EUDRとCSDDDの最新動向:小規模生産者への影響

Boukje Theeuwes (ボウキェ・テーユウェス ソリダリダード・ヨーロッパ 政策提言部門統括)


EUの森林破壊防止規則(EUDR)および企業サステナビリティ・デューディリジェンス指令(CSDDD)の導入に向けた取り組みは、約5年前から始まった。この背景として、森林破壊を伴う生産・消費行動が気候変動に大きな影響をもたらしており、自主的なサステナビリティ認証だけでは限界があるとの認識が高まっていた。また、規範を守る企業が不利にならないよう、公平な競争環境を整備する必要性もあった。グローバルかつ複雑なサプライチェーンにおいて、企業が環境や人権への悪影響を把握・対処するためには、EU域内で統一された法規制が不可欠だった。こうした背景から、企業と市民社会が連携して欧州委員会に対して規制導入の働きかけを行ってきた。


ソリダリダードは、EUDRに対して「包摂的で持続可能な生産と消費」の実現を目指し、積極的に関与している。グローバルサウスの声を政策議論に反映させるべく、カカオ生産者をブリュッセルに招き、発言の機会を提供するなどの活動を行ってきた。こうした働きかけの成果として、EUDRの前文には「小規模生産者への公正な価格支払い」への努力義務などが明記されることとなった。


これらの規制は、生産者にとって取引の透明化や新たな機会をもたらす一方で、制度対応のためのコストが一方的に生産者に転嫁される懸念や、森林破壊リスクの高い地域にいる小規模生産者がサプライチェーンから排除される可能性もある。ソリダリダードは、こうした副作用を軽減するため、たとえばパーム油分野ではオランダ政府の支援を受け、NISCOPS(National Initiatives for Sustainable and Climate-Smart Oil Palm Smallholders) を実施。農民への農法指導や制度対応支援などを行っている。


最後に、日本企業に対して以下の3点をメッセージとして伝えた。
レジリエント(強靭)なサプライチェーン構築のために、戦略的にデューデリジェンス(DD)を実施すべきであること。
サプライチェーンの現場実態を理解し、それに応じた対応を進めるべきであること。
③小規模農家を排除することは非持続的かつ非倫理的であり、むしろ彼らの能力強化を支援し包摂することが、結果としてサプライチェーンの持続可能性向上に繋がるということ。




2. リスクに備え生産地にインパクトをもたらす持続的な調達とは?

山ノ下麻木乃氏(地球環境戦略研究機関  生物多様性と生態系サービスリサーチディレクター)


国際的な合意である国連気候変動枠組条約(UNFCCC)のパリ協定(2015年採択)では、「気温上昇を1.5℃以内に抑える」という目標に向けて、2050年までに温室効果ガス(GHG)排出をネットゼロにすることが求められている。ただし、農林業(森林)分野についてはネットゼロの達成時期が2030年とされており、他分野以上にスピード感とスケール感のある取り組みが不可欠である。

また、生物多様性条約(CBD)においても、2030年までに生物多様性の損失を止め、回復傾向に転じさせる(=ネイチャーポジティブ)という目標が国際的に合意されている。

規制面では、EUのオムニバス法案に加えて、上場企業の有価証券報告書において Scope 3(原材料調達、輸送、廃棄など、サプライチェーンの上下流)におけるGHG排出量の開示が義務化される動きが進み、企業に対する行動要求はますます高まっている。

さらに、原材料の持続的調達は企業のビジネスの持続性そのものに直結している。 気候変動や農地の劣化、地政学的リスク、生産者の農業離れなどが進むなか、原材料供給の安定性は大きく揺らいでいる。「安定的に調達できる次の生産地」はもはや存在しないかもしれない。

こうした状況の中で、認証製品の利用はサステナブルな調達アプローチとして広まりつつあるが、認証を取得した(主に大規模な)生産者からの調達だけでは、小規模農家の行動を変えることはできない。

サステナブルな生産を地域全体へと拡大していくためには、面的なアプローチが必要である。個別企業による単独の取り組みでは限界があり、同業他社や異業種、官民パートナーとの協働というようにマルチ・ステイクホルダーが協力して、地域全体のサステナビリティを高めていく取り組み(ランドスケープ・アプローチ)が効果的である。

このような取り組みにおいては、単に「認証製品の調達割合」を評価するのではなく、「生産地の変革にどれだけ貢献したか」という観点から企業の責任と行動を捉える必要がある。


3. 現場に根ざしたカカオ支援の実践:ガーナの事例から

生田渉氏(株式会社 立花商店 取締役・東京支店長)


立花商店は、カカオの栽培からチョコレートの製造までを一貫して行う「ソーシャルトレーディングカンパニー」である。

チョコレート産業では、2024年以降「カカオショック」と呼ばれる価格高騰が発生しており、その背景には複数の要因がある。主な原因は、気候変動や病害、生産者の高齢化などに伴う生産量の減少、健康志向による需要の増加、生産国の脆弱な産業構造である。生産者は現在、農薬や肥料の価格高騰、病害の深刻化、現金収入の不足といった複合的な困難に直面している。

こうした状況の中で、立花商店は生産地支援のアプローチとして、以下の2つの方法を実践している。

1.チョコレートメーカー(顧客)との連携による支援プログラムの提案・実施

2.自社独自の生産者支援プログラムの企画・実施

支援内容は多岐にわたり、生産に直接関係するものとしては、殺虫剤やシェードツリーの配布、GAP(適正農業規範)に基づく農業研修の実施がある。また、生活の質の向上やコミュニティのエンパワメントを目的とした活動として、女性グループによる所得創出、村落貯蓄貸付組合の設立、電動ポンプ式井戸の設置、さらにはマラリア検査キットや治療薬の配布まで行っている。

EUDR(EU森林破壊防止規則)の影響については、以下のような課題があげられる。

・小規模生産者にとって制度対応が困難な場合が多い

・大手企業の寡占化が進み、既存の不平等が固定化されるリスクがある

・生産者にとっては森林保全よりも、インフラ建設といった強い経済的インセンティブのある開発が優先される傾向があり、EUの価値観との不一致が生じている

・アグロフォレストリーの定義が変更され、一部の取り組みが「森林保全」と見なされなくなったことに対する混乱



4.パネルディスカッション


モデレーター:佐藤寛(ソリダリダード・ジャパン共同代表)
パネリスト:
・山ノ下麻木乃氏(IGES)
・生田渉氏(立花商店)
・松本由利子氏(CIジャパン)
・藤原啓一郎氏(LA-Lab代表/東北大学 ネイチャーポジティブ発展社会実現拠点 客員教授/ソリダリダード・ジャパン アドバイザー)


ディスカッションの概要

パネルディスカッションは、「各講演で指摘された小規模生産者の支援の重要性が日本企業にとってどれだけ説得的なのか」というモデレーターの問いかけから始まりました。
また、EUDR規制が日本企業はどのように「活用」できるのか、「追い風」なのか「かく乱要因」なのか、NGOや企業の立場から意見が交わされました。最後に、各ステイクホルダーにはどのような役割が期待されるのか協働のエントリーポイントはどこかといった問いかけには、各パネリストの経験にもとづく実践的なアイデアが出されました。

企業にとって小規模生産者支援とは?

藤原啓一郎氏(LA-Lab)
 2011年頃からキリンホールディングスでスリランカの生産者支援に携わった。認証の普及が限られた生産地において認証品のみを調達するのはビジネス上のリスクだと考え、認証品の普及を通じた生産者支援を選択した。生産地を自分で訪問すれば課題が見えてきて取り組まざるを得ない。

松本由利子氏(CIジャパン)
 企業にとって、認証の先にある生産地の課題への理解は容易ではない。生計向上やジェンダー課題への取り組みは環境保全の前提であり、現地視察が最も効果的な理解促進の手段。

生田 渉氏(立花商店)
 現地支援に関心が薄い社員もいるが、青年海外協力隊OBなどを活用すれば、社会的関心と経済的関心のバランスが取れる。

山ノ下 麻木乃氏(IGES)
 「人権」や「住民参加」は企業にとって扱いにくい言葉。「農家の働きがい」など、前向きな表現で企業の共感を得やすくなるのではないか。

EU新規制と現地への影響

藤原氏
 制度対応が困難な生産者が排除されるリスクあり。支援のない制度運用は不公平を助長する。

松本氏
 制度が始まるからこそ、今まで以上に現地との協働のきっかけをつくるべき。

生田氏
 EU規制に抵触する恐れのある村落では発酵技術を高め高品質カカオを生産し、EU以外の市場へ販売する対策を取っている。EU基準の不明確さは課題


各ステークホルダーの役割分担と今後の展望

松本氏
 ・ 企業や企業団体が単独でサプライチェーン全体を把握するのは難しい。
 ・現地の事情に詳しいNGOと連携することが、効率的かつ効果的。
 ・大規模な財団など外部資源の活用も重要。


山ノ下氏
 ・現地政府の活用も含めたマルチステークホルダーのアプローチが必要。
 ・そのためには法整備などが求められる場合もある。
 ・現地に精通したパートナーと組むことが成功の鍵。


藤原氏
CSRの枠組みを活用して、まずは企業が現地に足を運ぶことから始めるのが現実的。
・現場に行くことで初めて見える課題があり、支援のきっかけになる。

生田氏
中小企業が取り組みに参加しやすくするため、業界団体やNGOがプラットフォームを作ることが有効。
・購買力のある小売企業が先導して、メーカーや消費者に働きかける仕組みも重要。


議論は尽きることなく、終了後のレセプションでも熱心な対話が各所で続きました。
この対面セミナーを新たなスタートとし、マルチステイクホルダーによる連携の輪をさらに広げていけるよう、ソリダリダード・ジャパン一同、これからも全力で取り組んでまいります。
引き続きのご関心・ご協力を賜れますと幸いです。
最後に、本セミナーの開催にあたり多大なるご協力をいただいた駐日オランダ王国大使館の皆様に、心より御礼申し上げます。

以上