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チョコレートの持続可能性を考える②

前回は、カカオ生産の持続可能性にかかわる問題について考えてみましたが、今回は、その問題に対して、カカオセクターのアクターが行う取り組みをご紹介します。

カカオの生産現場の問題に対する取り組みの始まりは、1980年後半頃までさかのぼります。カエルのマークでおなじみのRainforest Allianceやフェアトレード認証機関であるFairtrade Label Organizationは、1980年代後半には、コーヒーなどと同様に、認証制度を通じてカカオセクターの持続可能性を高める取り組みを開始しています。その後、2000年に入り、欧米でカカオの生産現場の問題が大きくクローズアップされたのをきっかけに、カカオセクターの様々なアクターが持続可能性に関する取り組みを強化しています。

1)国際NGO組織による取り組み

World Cocoa Foundation(WCF)

WCFは、アメリカのChocolate Manufacture Association (CMA)のイニシアティブであるInternational Cocoa Research and Education Foundationを起源として、2000年に設立された、国際NGOです。現在、WCFにはカカオ生産者や加工業者、チョコレート製造業者、小売業者など、世界のカカオセクターの80%以上のアクターが加入しています。

WCFは2014年に世界的チョコレート企業と共に、ガーナとコートジボワールを対象としたCocoa Actionというプログラムを開始し、生産性向上支援とコミュニティ支援を実施しました。また、2017年から他のNGOと協働で、新たにCocoa Forest Initiativeを立ち上げ、コートジボワールやガーナ政府、チョコレート関連企業の協力のものと、

を柱に活動しています。Cocoa Forest Initiativeの活動を通じて、これまでに、20.7百万株の木が植林され、730,000人の農家が農業研修を受け、240,000人の農家が小規模金融などの金融商品へアクセスすることができるようになりました。

International Cocoa Initiative (ICI)

ICIは2002年に設立されたカカオセクターのマルチステークホルダーイニシアティブです。ICIは特に児童労働や強制労働などの問題に焦点を当て、活動を行っています。ICIは、児童労働監視改善システム(CLMRS:Child Labour Monitoring and Remediation System)を開発し、現在、コートジボワールとガーナのカカオサプライチェーンの約25%をカバーし、2025年までに、CLMRSの導入が100%になることを目指しています。

CLMRSは、地域のコミュニティ・ファシリテーターを選出し、そのファシリテーターを通じて、①カカオ農家に対する啓発活動、②継続的な聞き取り調査やモニタリング活動を通じた児童労働の特定、③出生証明書の取得や通学手段の提供などの予防と改善支援、④フォローアップのサイクルを継続的に行うことにより、児童労働を削減していくシステムです。

出典:ICI Child Labour Monitoring and Remediation System 

2)企業による取り組み

2009年以降、欧米のチョコレート会社は、上述の国際NGOへの加入やに加え、フェアトレード認証やレインフォレスト認証を受けたトレーサビリティの高いカカオ豆の導入を積極的に行うようになりました。近年では、多くの企業が独自のプログラムを立ち上げ、農家への研修やコミュニティ支援、CLMRSシステムを用いた児童労働削減などの活動を行い、その対象農家に対し、通常の取引価格にプレミアムを上乗せした価格でカカオ豆を買い取っています。代表的な企業の取り組みを見てみましょう。

チョコレート製造業者

ネスレ(Nestle)

キットカットなどのチョコレート製品を製造するネスレは、2009年よりRainforest Allianceの協力のもと、Nestle Cocoa Planを立ち上げ、よりよい農業(Better Farming), よりよい生活(Better Lives), よりよいカカオ(Better Cocoa)を活動の柱に据え、農家への栽培技術や農業経営のトレーニングの実施、学校や道路、水設備の建設や修繕、男女平等の促進、CLMRSシステムを通じた児童労働への対応、品質の高い苗木の提供等を行っています。これまでに、157,157人の農家が研修に参加し、2021年までに1600万本の苗木を提供し、森林再生のために66万9千本の樹木が配布されました。ネスレでは、2025年までにCocoa Planを通じて、ネスレ製品に必要なカカオ豆の全量を調達することを目標にしています。

モンデリーズ(Mondelez)

 キャドバリーやオレオなどのブランドを持つモンデリーズは、2012年にCocoa Lifeというプログラムを立ち上げ、2025年までにすべてのカカオ豆をCocoa Lifeを通じて調達することを目標にしています。Cocoa Lifeでは、農家、コミュニティ、森林の3つを柱とし、2022年までに404百万ドルが投資され、208,000人の農家がGood Agricultural Practice(GAP)のトレーニングを受け、23百万株の苗木が配布されています。

 

マーズ(MARS)

M&Msなどで知られるマーズは、Cocoa For Generationsというプログラムを設立しています。10年間で10億ドルを投資し、2025年までにサステイナブルカカオの調達を100%にすることを目標にしています。Cocoa For Generationsは、Responsible Cocoa Todayと Sustainable Cocoa Tomorrowを柱に、子供の保護、森林の保護、農家の生計向上、生産性の向上、収入の多角化、女性や子供の地位向上の活動を行っています。

これまでに、117,000の農家がCLMRSシステムでカバーされ、146,000人の農家がGAPの研修を受け、約2百万本の植林が行われました。

商社・カカオ加工業者

チョコレート製造業者と同様に、カカオの調達や加工を行う企業も、自社のプログラムを立ち上げ、カカオの持続可能性にかかる活動を行っています。

バリーカレボー(Barry Callebaut)

世界最大のカカオ加工業者であるバリーカレボーは、2015年よりCocoa HorizonというNGOを立ち上げ、生産性、コミュニティ、環境の3つの柱で活動を行っています。2023年には、Cocoa Horizonに参加する農家が230,000人に達し、227,212人がCocoa Horizon Academyの研修を受け、CLMRSシステムのもと、19,502世帯がCLMRSシステムにより調査を受け、9,888件の児童労働が特定され、改善サポートが提供されています。

また、Cocoa Horizonは、その活動を通じて生産されたカカオ豆を使用する商品に対して、その配合割合に応じて、Cocoa Horaizonラベルの添付を行う認証機関としての役割も担っています。

オラム(Olam)

シンガポールに本社を置く農業総合商社であるオラムは、2010年にOlam Livelihood Charterを設定し、農家へのGAPに関するトレーニング、苗木の配布、ファーマーフィールドスクールの設立、認証制度を通じたプレミアムの支払い、小規模ファイナンスの提供、CLMRSシステムの導入などを行ってきました。

また、2019年にはこの活動をさらに進めるために、後述するCocoa Compassを立ち上げています。2030年までにサプライチェーン上の児童労働の撤廃と、150,000の農家がLiving Income(生活所得)[i]を得られるようになること、森林の保護とCO2?の削減を通じた環境への負荷の軽減を目指した活動を行っています。2020/2021の成果レポートでは、実際に、20,865人の農家が生活所得を取得できるようになったと報告されています。

カーギル(Cargille)

アメリカに拠点を置く食品会社カーギルは、2012年にCargill Cocoa Promiseというプログラムを立ち上げ、自社のダイレクトサプライチェーンに属する農家に対する農業トレーニングの実施や農場から工場までのトレーサビリティ構築、コミュニティの支援、森林破壊を防ぐための農家のGPS マッピングなどを実施しています。

 

3)消費国政府による取り組み

消費国政府も、近年、企業活動の人権や環境に対する責任を法整備化する動きを見せています。2011年に国連で「ビジネスと人権に関する指導原則」が採択されて以降、企業が人権を尊重する主体であることが明確になり、法規制の動きが見られます。2015年にイギリスでは現代奴隷法が、2017年にはフランスが企業注意義務法を、オランダが2019年には児童労働デュー・ディリジェンス法、2022年にはドイツがサプライチェーンデュー・ジリエンス法を制定しています。また、EUは人権及び環境に関するデュー・ディリジェンスを義務化する「企業持続可能性デューディリジェンス指令案」を2022年に公表しています。

 これらの法律により、一定規模の企業は、その企業活動において、サプライチェーン全体における人権や環境などの持続可能性を脅かす負の影響を特定し、防止・軽減に努めるとともに、対処方法に関する説明責任を負うことになります。

 これらの法整備化により、カカオセクターにおいても、企業の責任がより明確になり、これまで以上に、カカオセクターの持続可能性に関する積極的な取り組みが必要なると考えられています。

 

このように多くのアクターがカカオセクターの持続可能性にかかる取り組みを展開しています。しかし、それでも、依然として問題が解決されないのはなぜでしょうか。そして、持続可能なカカオセクターで真に求められる取り組みとは一体どのようなものでしょうか。

4)真に求められる取り組み

2022年に発行されたCocoa Barometer 2022では、これまでの取り組みの多くが、カカオ豆の生産性の向上や、カカオ農家の収入の多様化などを中心に行われており、必ずしも、それが直接的に貧困削減には結びついておらず、その結果として、児童労働やカカオ栽培の拡大による森林伐採などの問題も解決できていないとの考え方を示しています。そして、カカオ豆の持続可能性を考える上で、スターティングポイントとなるべき重要な取り組みとして、生活所得の保証を掲げています。生活所得の保証には、まず、企業がカカオ豆の調達を行う際に生活所得を考慮した価格で取引を行うことが不可欠になります。

生活所得を達成するための取り組み

生活所得を達成するために、2019年頃より、新たな取り組みがいくつか生まれています。ガーナとコートジボワール政府は、2019年に、農家の所得向上のため、Living Income Differential(LID)制度を導入しました。LIDとは、2020年の秋から収穫・販売が開始される両国のカカオ豆に対して、市場価格に加え、1トン当たり400ドルを価格に上乗せし、生産者に還元するというものです。

また、Fairtrade Label OrganizationとオランダのTonys Chocolonelyは、協働してカカオ豆のLiving Income Reference Pricesを設定し、実際の買取価格に必要な分を上乗せし、取引を行うことで、農家が生活所得を得られるようにしています。

最近では、ネスレが、2022年に生活所得の獲得に向けた新たなプログラムとして、Income Accelater Programeの実施を発表しました。このプログラムでは、下記の活動を行った農家に対して、報奨金を支払うことで、将来的に生活所得を得られるようになることを目指しています。

それぞれの活動を行うごとに、100スイスフラン(約17,000円)が支給され、すべての活動を行うことでさらに100スイスフランが報奨金として直接農家やその配偶者に支払われます。最初の2年間は、最大500スイスフランが報奨金と支払わる予定ですが、その期間を過ぎると報奨金は250スイスフランになります。

生活所得の保証を目的とする取り組みは、どれも始まったばかりで、その成果を判断するには時期尚早ですが、今後は、より多くの企業やNOG, 政府等が生活所得の保証のための取り組みを強化していくことが予想されます。もちろん、生活所得の保証でカカオセクターの問題がすべて解決されるわけではありません。しかし、Cocoa Barometer 2022が主張する通り、生活所得の保証は、カカオセクターの持続可能性を考える上で、最も重要な取り組みの一つとして位置づけられるべきではないでしょうか。

2023/11/30

ライター:橘 欣子

[i] 生活所得とは、世帯員全員が不自由なく生活するための所得のことを指し、その内容には、食料や水、住居、教育、健康保険、移動手段、衣服やその他の生活に必要な費用、冠婚葬祭などの突発的な行事にかかわる費用などを基に計算されています。