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コーヒーの持続可能性について考える(2)

近年、私たちの生活に様々な影響を及ぼす気候変動。世界各地で、気温の上昇、干ばつ、森林火災、異常な大雨などの現象が報告されています。気候変動は、農産品であるコーヒーの持続可能性にも大きな影響を及ぼしています。サプライチェーンの下流にいる我々消費者は、今も変わらずおいしいコーヒーを手軽に飲むことができているので、気候変動がコーヒーに与える影響を感じるのは難しいかもしれません。しかし、生産現場では気温の上昇や降雨パターンの変化などの異常気象が、生産量の減少や質の低下など、目に見える形で生産に影響を及ぼしています。

今後、気候変動がコーヒー生産に与える影響は深刻で、増え続けるコーヒー消費の需要に応えられるか危惧されています。気候変動により、生産可能地域の減少、病害被害の増加、品種改良に必要とされる野生種の減少などが懸念されています。一方、コーヒー生産地の拡大に伴う森林伐採が、気候変動をさらに加速させる一因になりうるという負の連鎖環も指摘されています。

気候変動による生産可能地域の減少

まず、生産可能地域の減少についてみてみましょう。コーヒーは気候条件に対して繊細な作物で、コーヒーベルトと呼ばれる赤道を挟んだ北緯25度から南緯25度の地域で主に栽培されています。コーヒーには主にアラビカ種とロブスタ種の2種類がありますが、品質が高く、全生産量の70%ほどを占めるアラビカ種のコーヒーの木は特に繊細で、雨季と乾季がはっきり分かれ、日中の平均気温が20度前後で、1日の寒暖差があるところを好むといわれています。しかし、気候変動により、このような栽培条件を満たす地域が、2050年には半減するという予想が出され、これは、コーヒーの2050年問題と呼ばれています。例えば、World Coffee Researchは2017年の年次報告書で、現在のコーヒー生産の47%を占めるブラジルやインドなどで、2050年までにその生産に適した土地が60%以上失われるという試算を出しています。また、Jeffrey SachsらによるEnsuring Economic Viabiliy and Sustainability of Coffee Productionでは、2050年までに栽培に適した土地がアラビカ種で75%失われるとしています。同報告書では、アラビカ種に比べ高温多湿でも栽培が可能なロブスタ種においても、2050年までに生産可能地域が63%失われるとの試算をだしています。

World Coffee Researchによる栽培可能地域の変化予測(左が現在の栽培地域、右が2050年の栽培可能地域)

出典:https://worldcoffeeresearch.org/work/agro-ecological-zones-arabica-coffee/

病害虫被害の拡大

気候変動による影響として、コーヒー生産に悪影響を及ぼす「さび病」の拡大も懸念されています。さび病とはコーヒーの葉の裏にHemileia vastatrixという菌が付着し、葉を落とさせ、最終的には木をすべて枯らしてしまう病気です。さび病は特に高温多湿の環境を好むといわれています。さび病は、1860年代にはじめて発見され、当時コーヒー生産が盛んだったスリランカのコーヒーの木を壊滅させるなど、猛威を振るいました。その後、世界の様々な地域にさび病が広まり、1970年にブラジルに到達し、1980年代には中南米にまで拡大していきました。その後、さび病は、耐性のある品種の開発や、適切な農園管理と効果的なタイミングでの殺菌剤の使用である程度抑えることができるようになっていましたが、2008年から2013年にかけて、中米のコーヒー生産国で大規模な流行が発生しました。この影響でコロンビアでは、生産量の著しい低下が見られました。

では、なぜ、さび病の流行が起きてしまったのでしょうか。この流行を調査した研究“The Coffee Rust Crisis in Colombia and Central America (2008-20131): impacts, plausible causes and proposed solutions”は、その主要な原因として、異常気象と、コーヒー価格の低下と農薬の高騰による不適切な農園管理を挙げています。同時期、現地では日中の寒暖差の縮小、エルニーニョやラニーニャ現象による降雨量や日照時間の変化などの異常気象が観測されていました。この気象条件の変化により、さび菌の潜伏期間が短縮され、さび病が活発に活動する環境がつくられてしまいました。その上、一部では、農薬の高騰と農家収入の減少により十分な農薬が使われなかったことが重なり、流行につながったと考えられています。

コーヒー野生種の絶滅危機

気候変動による影響は、コーヒー栽培だけでなく、野生のコーヒー種でも確認されています。私たちが飲み物として口にするコーヒーは主にアラビカ種とロブスタ種ですが、野生のコーヒーは124種あるといわれています。野生のコーヒーは、気候変動や病害虫に耐性のあるコーヒーを作るための品種改良に不可欠な資源です。しかし、その野生種が気候変動や森林破壊、管理体制の不備等により、絶滅の危機にあることが報告されています。20019年に発表された論文 “High Extinction Risk for Wild Coffee Species and Implications for Coffee Sector Sustainability”によると、気候変動や病害虫などの理由により124種のうち75種が絶滅の危機にあるといわれています。

このようにコーヒーの生産現場では、気候変動による負の影響が多く確認され始めており、コーヒーの持続可能性に大きな懸念が寄せられています。その一方で、コーヒー生産による森林伐採の問題が指摘されています。

コーヒー生産による森林伐採

もともとコーヒーの木は、直射日光を好まず、森林の中で、他の木々の陰で育つ植物です。そのため伝統的なコーヒー栽培は、森林の日陰樹のもとで育てるシェイドグロウンでした。しかし、1970年代以降、さび病に強く、生産性の高いサングロウン(日向栽培)と呼ばれる日陰樹を必要としない栽培方法が積極的に採用されるようになりました。2014年に発表された論文“Shade Coffee: Update on a Disappearing Refuge for Biodiversity”では、調査した19か国の生産地のうち、サングロウンコーヒーは全体の41%、35%は部分的なシェイドグロウン、完全なシェイドグロウンは24%だったことが示されています。サングロウンコーヒーの拡大により、多くの木が失われたと考えられています。イギリスの新聞The Gardianの記事によると、コーヒー栽培の影響により、中米では250万ヘクタールの森林が失われたといわれています。また、Coffee Barometer 2020は、ペルーの国勢調査に基づき、ペルー国内の森林伐採の25%がコーヒー生産に関連するものとの考えを示しています。

前述の通り、気候変動の影響によりコーヒー栽培が可能な地域は今後減少し、多くの栽培可能地域はより標高の高い森林地帯であると予想されています。増え続けるコーヒー需要のため、今後、これらの森林地帯にコーヒー栽培が拡大していくことが予想され、さらなる森林伐採が起こることが危惧されています。

 前回のコラム「コーヒーの持続可能性を考える(1)」と今回の2回にわたり、コーヒーの持続可能性を脅かす問題についてみてきました。コーヒーの生産現場では、生産者の貧困問題や気候変動の影響が、コーヒーの持続可能性に影を落としています。では、この問題に対して、我々消費者は何ができるのでしょうか?

次回のコラムでは、これらの問題に対する取り組みと、消費者としてできることについて考えてみたいと思います。

2021/07/26

ライター:橘 欣子