ニュース・お役立ち情報

フェアトレード②

~ソリダリダードの取り組み事例~

 

 ソリダリダードは、1988年にオランダでフェアトレード認証ラベルの「マックス・ハーフェラール」を発表することにより、その後の世界的なフェアトレード運動を先導しました。現在のソリダリダードの取り組みとしては、小規模農家の利益を最優先におき、多種多様な戦略を駆使しながら持続可能なサプライチェーンの構築を目指しています。今回は、ソリダリダードがマックス・ハーフェラールを発表した後の取り組みついてご紹介します。

コーヒーからバナナへの展開~アグロ・フェア社の設立と「バナナ・オケ」

 前回の記事では、マックス・ハーフェラールの認証商品はコーヒーから始まったと説明しました。ソリダリダードはコーヒーの次にバナナのフェアトレードに取り組みました。フェアトレード・バナナの認証ラベルをつくる動きは1990年代半ばから始まり、元々はマックス・ハーフェラールの原則をコーヒーからバナナに応用しようとしましたが、オランダにあるバナナ会社から全く理解が得られなかったのです。そこで、ソリダリダードは「Agro Fair」(アグロ・フェア)という会社を設立し、ブランド「Oké」(バナナ・オケ)をつくり、独自で農家からバナナの輸入を手がけることにしました。当初は小さな会社でしたが、今では数百万ドルの売上高を誇る会社までに成長しています。アグロ・フェアは、生産者が販売などの運営に関わることができる生産者参加型企業の特徴をもっており、現在は中南米だけではなく、オセアニア、アジアの生産者、さらにはヨーロッパの顧客にもサービスを提供しています。

アグロ・フェアのホームページ:https://www.agrofair.nl/who-we-are/

 バナナ・オケは、オーガニック食品であり、人権と環境に配慮した商品というコンセプトを打ち出しています。しかし、ソリダリダードがフェアトレード・バナナに取り組み始めた時、途上国のバナナの生産現場では深刻な環境汚染・人権侵害の問題を抱えていました。当時の労働条件や労働環境は劣悪なものであり、ラテンアメリカにおいては大規模農園で雇われる労働者が多く、彼(女)たちは低賃金で長時間労働が強いられていました。また、大量の殺虫剤や農薬が使用されていたため、毒性の強い薬品に起因する様々な病気は、労働者の健康を損ない、精神的な苦痛も与えました。さらに、弱い立場におかれた労働者は発言権がなく、加えて労働組合もほとんど機能していなかったため、改善の術もありませんでした。こうした生産側の社会問題こそ、ソリダリダードがフェアトレード・バナナを導入する主な理由だったのです。

 他方、ヨーロッパのバナナ市場は途上国の生産者に対する配慮がありませんでした。1993年にヨーロッパでバナナの輸入に関する統一基準が施行されましたが、それまではフランスやイギリス、スペインなどは旧植民地からの輸入を中心に保護貿易を行っていました。これに対して、オランダや北欧の多くの国では自由市場の取引で中南米から輸入していました。こうした違いを乗り越えるための統一基準が整備されたことは大きな前進と言えます。一方でこのダイナミズムのなかで巨大なグローバル企業は成長しつづけ、利益を独占するような状況を形成してきた点は看過できません。ソリダリダードがフェアトレード・バナナの実現に向けて取り組み始めた際、ヨーロッパでは誰でもバナナを輸入できる訳ではなかったのです。そのため、ソリダリダードは企業と協力関係をつくり、バナナ輸入の可能性を探る必要がありました。ソリダリダードのイェロン・ダグラス(現:ソリダリダード・ネットワーク総代表)は、一般的に知られていないバナナ貿易の仕組みを解明するために様々な会社や関係機関を訪問し、情報収集と状況分析を行いました。その結果、ヨーロッパの中でライセンスをもついくつか特定の輸入会社があり、これらの会社の利益を守るために、バナナ輸入量割当制度というものがあると判明しました。つまり、ヨーロッパに入ってくるバナナの量が規制されることにより高値が維持され、企業が市場をコントロールする仕組みになっていたのです。また輸入ライセンスは本来ヨーロッパの事務局から無料で発行されるにもかかわらず、付加価値があるために企業間で売買されるようになっていました。しかもこのライセンスは過去の実績によって発行されるため、新規参入者であるソリダリダードにはライセンスを取得する門が閉ざされていました。

『Solidaridad 50 years』(2019)14-15頁。

 こうした困難はあったものの、ソリダリダードはバナナのフェアトレードを諦めた訳ではありません。様々な人(企業の幹部や役人)に面会し、フェアトレード・バナナについての理解を求めると同時に、輸入割当ライセンス取得条件の見直しについても求めました。1995年に欧州委員会の内部で、ライセンス免除について審議する機運はありましたが、他の協議事項が優先されたため、ライセンス免除について審議されませんでした(アメリカもWTOの介入を求めていたこともあり、欧州員会は2001年にバナナ貿易に関する改善措置を取ることになります)。紆余曲折の末、ソリダリダードは適切な価格でライセンスを売ってくれるフランスの企業に出会うことができ、フェアトレード・バナナを進めることができました。アグロ・フェアは1996年にガーナとエクアドルとコスタリカから輸入したフェアトレード・バナナをオランダで販売できるようになりました。その結果、環境の保全と社会の公正につながるフェアトレード・バナナは徐々に消費者に認知されるようになり、マーケットにおいても人気が高まりました。バナナ・オケの取り組みは業界全体に影響を与え、従来農園で発生する労働者の問題に目を瞑ってきた大手フルーツ企業も、フェアトレードに着目し始めます。2000年以降ChiquitaやDoleなどの多国籍企業は、自社のサプライチェーン上の環境、人権問題の改善に取り組み始め、有機栽培の奨励にも乗り出すなど、持続可能な生産に貢献するような取り組みをアピールし始めました。

コットンへの取り組みを開始~クイチ(Kuyichi)ブランドの設立

 コーヒーとバナナのフェアトレードに取り組んだソリダードは、次にコットンに取り組むことにしました。これは、マックス・ハーフェラールが10周年を迎える1998年に発案されたものです。フェアトレード認証ラベルのコーヒーは確かに生産者の生活改善につながるところがありました。しかし、コーヒーの生産・収穫にかかる作業は肉体労働が多く、フェアトレードの生産者組合に加入した農家では男性が主な担い手となっていました。そこで、コーヒー農家の女性も活躍できる場が求められ、家事労働や子育てと両立できるような、パートタイムの形で働くことができる工場が必要とされました。また、若者の農村離れ、都市部にある縫製工場などへの出稼ぎという現象も顕著化していたため、地元に密着した産業と雇用の創出が重要な課題となりました。フェアトレード・コットンは、このような生産者側のニーズに応えるために生まれたアイディアだったのです。

 このアイディアを実現するために、農村部に縫製工場・加工や染めなどの作業を行う工場をつくるだけではなく、そこに届ける原料となるコットンの生産についても取り組む必要があります。綿花栽培には大量の水と化学肥料と農薬が使われていたため、環境への負荷が懸念されていました。ソリダリダードは、オーガニックコットンの栽培に適している産地と、有機農法に関心がある綿花の生産者団体を見つける必要がありました。こうした状況を踏まえ、フェアトレード・コットンのシナリオは、ペルーの渓谷でとれたオーガニックコットンから衣類品をつくり、それをフェアトレードで世界に販売するというものとなりました。まずはペルーの小規模農家に対して、土壌の劣化を防止する農法、有機栽培や化学肥料を使わない生産方式などの指導を行い、綿花栽培専門家に協力を求め、資金調達など様々なビジネス環境の整備を行いました。次に、ソリダリダードはメキシコ南部の山岳地帯で、コーヒーの生産者組合と協力して、縫製工場をつくり、女性が中心となって開業しました。ここで特筆すべき点は、この工場では未婚の女性や離婚した女性を優先的に雇用し、彼女たちをサポートしていたことです。更に事業を拡大するために、ソリダリダードはブラジルにもオーガニックコットンの提携先(労働組合)を見つけ、グアテマラでも縫製工場を開設しました。生産されたものは国内向け、地元の消費者向けのジーンズやシャツでしたが、国際市場を目指すためには、デザインの工夫はどうしても必要となります。

『Solidaridad 50 years』(2019)16-17頁。

 ソリダリダードはヨーロッパのファッション事情について理解するために、専門家や事業主などに話を聞いて回りました。そこで浮き彫りになった実情は、当時のファッション業界では、労働者と環境に優しいオーガニックコットン商品に対して誰も興味をもっていなかったということです。倫理的な製品の価値と流行ブランドの価値の間には大きなキャップがありました。ソリダリダードはブランディング戦略として、製品がもつメッセージ性に「責任ある企業」としての価値を付することができると考え、消費者に倫理的な製品の価値を受け入れてもらうことを目指しました。つまり、フェアトレード商品を高級ブランドとして市場に送り出すことに挑んだのです。

  ソリダリダードのニコ・ローツェンとイェロン・ダグラスは、デザイナーやジーンズ業界に詳しいマーケティングの専門家、起業プランを作成できる会計士など10名以上のチームづくり、銀行からの融資など様々な準備に取り掛かりました。

クイチのホームページ:https://kuyichi.com/pages/story

 これまで取り組んできたフェアトレードのコーヒーやバナナと同じように、ソリダリダードは2001年に「フェアトレード&オーガニックコットン」の衣料品ブランド「Kuyichi」(クイチ)を立ち上げ、オランダで発売することとなりました。クイチは民主的な経営方法が特徴であり、労働環境・労働条件の改善と労働者の福利を向上させるビジネスモデルを志向しています。

 今回ご紹介したバナナとコットンのフェアトレードは、いずれもオーガニックのものですが、ソリダリダードは決してオーガニックだけを推奨している団体ではありません。冒頭で述べたように、現在のソリダリダードは、持続可能なサプライチェーンの構築に取り組んでおり、多様なステークホルダーとの連携・協力による小規模農家の支援を目指しています。次回、社会的連帯経済というメガネをかけて、フェアトレードの課題と可能性について見ていきたいと思います。

一般社団法人ソリダリダード・ジャパン事務局長

楊 殿閣 (やなぎ でんか)

2022年5月16日

参考文献:

佐藤寛編(2012)『フェアトレードを学ぶ人のために』世界思想社。

ニコ・ローツェン、フランツ・ヴァン・デル・ホフ(2007)『フェアトレードの冒険-草の根グローバリゼーションが世界を変える』永田千奈訳、日経BP社。