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フェアトレード ③

~社会的連帯経済の側面をもつ運動として~

 

第1回第2回の記事では、フェアトレード認証ラベルが誕生した背景と、ソリダリダードのフェアトレード取り組みについてご紹介しました。NGOによるフェアトレードの普及活動は、自由貿易の弊害を克服するための草の根レベルからの社会変革、より公正な国際貿易システムづくり、として理解することができます。

社会変革を目指す運動について言えば、市場経済とグローバリゼーションが進行する現代社会のあり方に対して、オルターナティブな経済活動や生活活動を構築していくアプローチに「社会的連帯経済」(SSE: Social and Solidarity Economy)というものがあります。SDGsの時代において、社会的連帯経済の取り組みがますます重要視され、近年では様々な分野から注目を集めています。第3回の記事は、フェアトレードを社会的連帯経済の1つとして位置づけ、その活動意義を捉え直してみたいと思います。

そもそも、社会的連帯経済とはどういうものなのかを説明する必要があります。一言で表せば、社会的連帯経済は「社会的経済」(Social Economy)と「連帯経済」(Solidarity Economy)の両方あるいはいずれかの側面をもつ経済活動を指し、市場経済と異なる原理によって関係性をつくりだすもの、と言えるでしょう。ただし、これについては専門家の中でも見方や立場によって異なるところがあり、ここでは厳密な定義をめぐる議論や特定の理論を主張することが目的ではありません(注)。むしろ、この用語が使われている時代背景や社会状況、および昨今では再び人気を得はじめている理由について見ていきたいと思います。以下、「連帯」の概念が台頭してきた19世紀の社会背景、20世紀での展開、そして21世紀に入ってからの潮流について概観し、最後に社会的連帯経済の1つの具体例としてフェアトレードの魅力をご紹介します。

19世紀:民衆主体の「連帯」概念の登場

19世紀、ヨーロッパでは資本の蓄積を優先する市場経済が台頭し、民主主義を求める動きも広がりました。特にフランスにおいては、1840年代から政治的な平等と社会的な連帯を強調する思想が盛り上がり、協同組合・労働組合などの組織化が促進されました。このように社会集団・共同体を形成することに力点をおき、民衆が平等かつ自由な形で集結して構築していく経済活動は社会的経済と呼ばれました。19世紀前半では、社会的経済の活動は平等な市民、相互扶助、労働者や生産者の自己組織化を目指す運動という特徴を持っていました。

19世紀後半になると、ヨーロッパでは産業・経済の成長によって国家の富を増やす方策がとられ、工業化・近代化が進みます。工業化の進展の一方で都市に貧困層が増加するようになり、自発的な互助・共助やチャリティーによる困窮者への救済が推奨されていました。この時代に連帯を目指す目的が組織形成から市民の保護へ焦点が移ります。社会的経済(各種アソシエーションの活動)は、雇用主と労働者のコミュニケーションを図る中間団体としての役割を引き受け、市場経済の一部に組み入れられることで、市場経済に対する抵抗が弱まりました。19世紀末頃、ヨーロッパの資本主義と帝国主義が大きく進展し、国際分業体制が構築されるにつれ、社会的経済の活動は周辺化されていきます。

20世紀:アイデンティティの維持と新たな挑戦

第二次世界大戦後、ヨーロッパでは市場と国家の補完関係による安定した経済発展のモデルが模索されました。市場経済の拡大と労働者の権利保護を両立させるために、いわゆるケインズ主義の経済政策がとられました。公共事業への投資、雇用機会の創出、所得の再分配、社会保障の整備などが実施され、福祉国家が形成されました。1970年代に入ると、市民社会のアクターが増える一方、活動目的が多様化して活動方針が分散し始め、社会運動として人々を団結させる力が弱体化しました。また、1980年代からイギリスをはじめ新自由主義政策の影響が強まり、資本主義はますます支配的なシステムへと進化しました。1990年代になると、政府の役割が更に小さくなり、高度化した資本主義・市場原理が公的セクターとサードセクターに浸食していきました。

こうした社会変化のなかで、市場経済のグローバリゼーションに対する抵抗感や、消費文化・生活様式に対する疑問をもつ人々は、環境保護やジェンダー平等、文化的差異などの権利を求める社会運動を展開してきました。これらの社会運動とのむすびつきで、特にラテン系の国々ではコミュニティ内部におけるニーズの充足を目指す経済活動が連帯経済という名で推進されてきました。連帯経済は、社会的経済との共通点をもちながら、より市民の政治的な力の復活、民主的な経済活動、地球市民のアイデンティティ形成に貢献する形のものとして登場してきました。

社会的経済と連帯経済は、元々の概念に違いはありますが、図1で示したようにいずれも「公-共-私」の「共」にあたる経済活動です。近年ではこの2つの用語を結合し、社会的連帯経済という広くて新しい枠組みを用いることによって、両者の相乗効果が期待されています。市場経済は資本の蓄積を最優先にしてきたため、人間・社会・環境の関係性を歪めてしまう側面があり、貧困問題や格差問題、環境問題などの弊害を生み、持続不可能な状況を創りだしています。こうした資本主義への抵抗や対案として社会的連帯経済のモデルが模索されていると言えます。1997年に世界各地の社会的連帯経済の関係者を結ぶネットワーク「RIPESS」が形成され、情報共有や意見交換をしながら、「共」の経済活動を広げています。RIPESSは、後に発足される「モンブラン会議」と「GSEF」と並んで、社会的連帯経済の3大国際ネットワークとなっています。

図1:社会的連帯経済の位置づけ

筆者作成(2022年3月9日に開催された国際開発学会「社会的連帯経済」研究部会の立ち上げ記念イベントにおける伊丹謙太郎氏の基調講演を参考に作成しました)。社会的連帯経済は国家(公)と市場(私)と対置する領域(共)に位置づけることができ、その範囲は青色で表した社会的経済と緑色で表した連帯経済(両者が重なる部分も含む)の全てをカバーします。

21世紀:スケールアップへの模索

2000年以降、社会的連帯経済を推進するいくつかの契機がありました。その1つは「世界経済フォーラム」(資本主義経済の発展を目指す会合)に対抗して、2001年にブラジルで開催された「世界社会フォーラム」(資本主義のオルターナティブを目指す会合)です。この会合の主要メンバーは、1995年の「世界社会サミット」に召集されたNGOであり、主な目的は国際社会の問題解決に向けて討議していくことでした。世界社会フォーラムは、連帯に基づく社会関係・経済活動の構築を呼びかける場となりました。このように市民社会の主体による積極的な働きかけから生まれた契機と並行して、危機に対する強いレジリエンスへの評価も社会的連帯経済を推進する契機となっています。

2008年に起きた「リーマン・ショック」は社会的連帯経済を評価する1つの契機になったと言えます。世界全体が高度化した資本主義経済のシステムに飲み込まれていくなか、アメリカで起きた金融危機に連動して、世界各国が不況に陥りました。この時、コミュニティや自然環境とのかかわりを優先にする社会的連帯経済の活動は、大きなダメージを受けずに維持することができました。また金融危機の他、気候変動という危機も社会的連帯経済の活動を推進する契機となりました。気候変動への対応が喫緊の課題として叫ばれているなか、自然環境との関り方を重視する社会的連帯経済の性質は高く評価されるようになり、持続可能な生産と消費という意味においても注目を集めています。つまり、社会的連帯経済のアクターが努力して獲得した知名度だけではなく、元来秘めていた魅力が外部環境の変化によって人気上昇したという現象が起きています。

21世紀の幕開けに国連総会で採択されたミレニアム開発目標(MDGs)の後継として、2015年にはSDGsが採択されました。SDGsは、今となっては老若男女問わず広く知られるようになりましたが、このSDGs達成に貢献する推進力として社会的連帯経済を評価する流れが生じています。SDGs成立以前の2013年にILO(国際労働機関)とUNRISD(国連社会開発研究所)が核となって、国連機関の間で社会的連帯経済を普及するためのタスクフォースが形成されていましたが、当初は国際的な規範形成や国際開発の実践に対してさほど大きな影響を与えていませんでした。ところが、SDGsの時代を迎えると、社会的連帯経済の活動とSDGs達成のための取り組みには、複合的な接点があるという認識から、様々な分野からの関心が高まり、社会的連帯経済の可能性について談論風発となりました。

社会的連帯経済としてのフェアトレード

こうした潮流の中で、フェアトレードにも新たな追い風が吹いています。最後に、フェアトレードと社会的連帯経済の関係を、3の視角から整理したいと思います。

1つ目は、地球規模の視角から、フェアトレードはグローバルな連帯の関係性を構築する特徴をもっています。上記でご紹介した社会的経済と連帯経済の取り組みは、特定のコミュニティあるいは組織体を前提に論じられている部分があります。フェアトレードの場合は、途上国の生産者と先進国の消費者を結びつける仕組みであり、より開かれた形の社会的連帯経済の実践であると言えます。

2つ目は、経済原理の視角から、フェアトレードは商品を介しているため、貨幣経済の仕組みの中で連帯を実現していく特徴をもっています。これまでの記事でご紹介してきたように、フェアトレードは特定の商品を介すことによって、ビジネスとして成り立っています。これは市場経済と完全に分離している訳ではなく、むしろマーケットの活用であり、社会的連帯経済の輪郭を広げる実践であると言えます。

3つ目は、倫理性の視角から、フェアトレードは消費者に新たな選択肢を提供しており、倫理的な消費行動を支える存在としての特徴をもっています。資本主義のグローバリゼーションが進行するなか、巨大な多国籍企業は市場での支配力を増し、消費者の商品選択をコントロールしてきました。フェアトレードは先進国の消費者が適切な価格を支払うことにより、途上国の生産環境の改善につながるという仕組みでありながら、倫理的な消費を実現するツールでもあります。つまりお互いの支え合いという連帯を目指す目的に結びつける実践であると言えます。

ここでフェアトレードの魅力ついて、地球規模、経済原理、倫理性、という3つの視角から述べましたが、フェアトレードの現状について課題がないわけではありません。例えば、フェアトレードは認知度が高まってきたにもかかわらず、実際のマーケットにおける商品のシェアは依然として低いという点があげられます。ソリダリダードは、マーケットへのインパクトが弱いというフェアトレードの弱点を克服するための試みとして、フェアトレード以外にも多様な形で企業とのパートナーシップに取り組み、持続可能なサプライチェーンの構築を目指しています。

一般社団法人ソリダリダード・ジャパン事務局長

楊 殿閣(やなぎ でんか)

2022年05月25日

(注):2022年4月28日に発行されたILOの定義案(事務局報告書:「Decent work and the social and solidarity economy」)では、「社会的連帯経済(SSE)は、社会的または公的な目的を持ち、自発的な協力、民主的かつ参加型のガバナンス、自治と自立に基づく経済活動に携わり、利益の分配を禁止または制限する規則をもつ制度的ユニットを包含している。SSEには、協同組合、アソシエーション、共済組織、財団、社会的企業、自助グループ、そしてフォーマル経済とインフォーマル経済においてSSEの価値と原則に従って活動するその他の組織を含むことができる。」となっています。

参考文献:

Jean-Louis Laville “Social and Solidarity Economy in Historical Perspective” in Peter Utting ed. (2015), Social and Solidarity Economy Beyond the Fringe, Zed Books.

西川潤編(2015)『連帯経済-グローバリゼーションへの対案』明石書店。