セミナー開催報告「リジェネラティブ農業2025:気候・生物多様性・土壌をめぐる農業と認証制度のこれから」(2025年12月16日開催)


本セミナーは、近年国際的に関心が高まっている「リジェネラティブ農業(再生型農業)」をテーマとして取り上げ、農業・食料システムをめぐる気候変動、生物多様性、水資源、土壌といった課題に対し、企業・認証団体・NGOがどのように制度や実践と関わり得るのかを具体的に共有することを目的として開催しました。

当日は、レインフォレスト・アライアンス、WWFジャパン、コントロールユニオン、ソリダリダードの4団体が一堂に会し、コーヒー、コットン、パーム油など日本企業にとって重要性の高い作物を例に、リジェネラティブ農業の考え方、認証制度との関係、現場での実践や課題について議論を行いました。

本報告書では、当日のプログラム順に各発表およびパネルディスカッションの内容を整理し、具体的な発言や論点を中心にまとめています。


開催概要・参加状況


日時:2025年12月16日(火)14:00–16:15(日本時間)

形式:ハイブリッド開催(オンライン+対面)、日英同時通訳あり

主催:ソリダリダード・ジャパン

会場:JICA地球ひろば セミナールーム(対面)+ Zoomウェビナー(オンライン)

参加者数:対面・オンライン合計143名

参加者は、食品・飲料、アパレル・テキスタイル、商社、金融機関、認証機関、国際NGO、研究機関、学生など、多様なバックグラウンドから構成されていた。企業からの参加が比較的多く、農業や認証制度に関する国内企業の情報ニーズの高さがうかがえた。また、インド、バングラデシュ、マレーシア、タイ、アルゼンチンをはじめとする海外の関係者もオンラインで参加し、制度や実践に関する知見が、ソリダリダードおよびパートナーのネットワーク内で共有される機会となった。



開会挨拶・趣旨説明


主催者挨拶(佐藤 寛/ソリダリダード・ジャパン)


ソリダリダードが1969年にオランダで設立され、フェアトレードや企業を巻き込んだ小規模生産者支援を先駆的に進めてきた国際NGOであることを紹介した。その上で、近年、リジェネラティブ農業が急速に注目される一方、議論が散在し、企業側にとっても整理が難しくなっている現状を指摘し、本セミナーはその全体像をマッピングし、頭を整理する場として位置づけられていると説明した。

また、普段は必ずしも同じ場で議論する機会の多くない国際NGO、環境NGO、認証団体、第三者認証機関が一堂に会すること自体に、本日のセミナーの意義があると述べた。


趣旨説明(吉田秀美/ソリダリダード・ジャパン)


2025年は、リジェネラティブ農業にとって一つの転換点となる年と位置づけられる。COP30sでの気候変動対策が行き詰まりを見せる一方、TNFDの様々なガイダンスやNPIの自然の状態を示す指標に関するパイロットも行われるなど自然資本関連の動きに注目が集まった。

さらに、スリランカにおける「オーガニック100%政策」の失敗、欧州の有機農業偏重の限界が明らかになる中で、TNFDの移行計画が開示されるなど、理念先行ではなく、地域の生産条件や現実に即した移行(トランジション)の重要性が再認識され、再生型農業やアグロフォレストリーへの注目が高まっている。

当セミナーでは、リジェネラティブ農業に関する複数のアプローチを提示・整理すること、企業が具体的なアクションを起こす際のエントリーポイントをを示すことを目指す。



講演①
一年生作物・多年生作物におけるリジェネラティブ農業の全体像と役割
(テオ・チェンハイ氏/ソリダリダード・アジア アドバイザー)


リジェネラティブ農業をめぐる議論が整理途上にある一方、文献レビューや実務経験を通じて、概念の共通領域が見えつつある。Newton et al.(2020)は、文献および実践者サイトから約230件の事例を分析し、リジェネラティブ農業に共通する以下の5原則を抽出した(Newton et al. 2020)。

①土壌攪乱の最小化

②土壌被覆

③土壌有機物の増加

④生物多様性の促進

⑤家畜統合(Livestock integration)

前4つは土壌健全性(soil health)に関連し、土壌侵食低減、生物多様性向上、炭素隔離などの成果に結びつく。

こうした原則を実践に落とし込むためには、企業や制度側において「構造化」されたアプローチが必要になる。NestléやUnileverは自社のリジェネラティブ農業フレームワークを策定しており、SAI Platformは、以下の4ステップを提示している。

①コンテクスト分析

②アウトカム選定

③実践導入

④モニタリング・評価

リジェネラティブ農業は歴史的に温帯地域の一年生作物と畜産の統合の中で発展してきたもののアブラヤシのような多年生作物には必ずしも適用しにくい点がある。輪作や最小耕起、シェードツリー等を前提とするアグロフォレストリーの適用には限界がある一方、複数作物の同時栽培(multiple cropping)は代替案になり得る。

アブラヤシ栽培を前提に最良管理手法(BMPs:Best Management Practices)とリジェネラティブ農業の主要領域(土壌・水・生物多様性・気候変動)との整合性を比較した場合、確認した結果、森林減少回避、泥炭地の新規開発回避、HCV(High Conservation Value:高保全価値)/HCS (High Carbon Stock:高炭素蓄積地)保全、IPM(Integrated Pest Management:総合的病害虫管理)、土壌被覆植物(cover crops)、有機残渣利用などと重なる領域が確認される。持続可能な農業とリジェネラティブ農業を相互排他的なものではなく、補完的なシステムとして捉えるべきである。

リジェネラティブ農業をめぐる議論が、定義の統一よりも、土壌・生物多様性・水・気候といった主要領域における成果(アウトカム)を共有する方向に進んでいる。すなわち、単一の制度や手法をめぐる議論ではなく、成果に向けた複数の実践や枠組みをどう組み合わせるかが重要である。



基調講演② レインフォレスト・アライアンスの新基準とリジェネラティブ・アプローチ:コーヒーを事例に
(一倉 千恵子氏/レインフォレスト・アライアンス)


持続可能な農業は、従来の農業が生態系に与える悪影響を軽減し、化学的な農薬の使用を自然由来の代替手段に置き換えるなど、環境負荷の低減を主眼としてきた。一方、再生農業は、生態系の回復と機能向上を目指し、土壌の健康や生物多様性といった自然資本への投資を通じて、水質浄化、受粉、炭素固定といった生態系サービスの向上に寄与する可能性がある。

こうした違いを踏まえ、Rainforest Allianceでは従来の持続可能性モジュールに加えて再生農業モジュールを導入し、両者を組み合わせる制度設計を採用している。再生農業モジュールでは、地域の気候、土壌、生物多様性、文化などの文脈に応じた実践ベースのアプローチを前提とし、単一基準を一律に適用するのではなく、地域や作物ごとに要件を設定し、プラス要件の実施ガイドを整備する方向性が示された。今後は、こうした文脈別要件に沿って、各地域・各作物での実践を支援していく方針である。

また、生産者の取り組み成果に応じて報奨(premium)が支払われる仕組みを導入しており、より熱心に取り組んだ生産者がより大きな対価を得られる制度になっている。この仕組みは、農家の主体的な改善意欲を高めることを意図したものである。



基調講演③ 土壌健全性と流域保全に貢献するリジェネラティブ実践(コットン/テキスタイル)
(金 惠娜氏/WWFジャパン)


農業による土地利用や水資源利用が生態系に及ぼす負荷が依然として大きい。とくにコットン栽培では、従来の農法による土壌劣化や、地表水の過剰利用による水資源の枯渇、土壌の塩害や流出といった深刻な課題が存在する。近年は気候変動の影響により干ばつの発生頻度が高まり、水利用と土壌管理を適切に行うことが緊急の課題になっている。

再生農業は、個々の圃場における農法改善としてだけでなく、土壌、水、生物多様性といった自然資本との関係で捉える必要がある。コットン栽培において、不耕起栽培などによって土壌の中の団粒構造が保たれれば、土壌の水分保持につながる。そして水資源や生物多様性は農地の境界を越えて働くため、農家単位の取り組みでは十分ではなく、流域管理(watershed)やランドスケープアプローチが重要である。小規模生産者を含む流域の多様なアクターが自然資本の管理に参加することで、再生農業の取り組みがより大きな環境成果につながる。



基調講演④ Regenagri認証と企業との連携プロセス(アパレル分野)
(大村 次郎氏/Control Union Japan)


既存の国際認証制度が、環境NGOや研究者などからの知見や提言を受けて年々基準を厳格化してきた。サステナビリティの観点から必要な水準が引き上げられてきた一方で、その要求は認証を取得している企業や農家にとって大きな負荷となり、十分な生産量を確保しながら厳しい基準を満たすことが難しくなっている。その結果として、制度の枠組みの外側に出てしまう事例も生まれかねないのではないか。

こうした認証制度の「ゼロか1か」の構造と現場の実情とのギャップに対する解決案の一つがRegenagri認証と言える。Regenagriは、認証取得の可否だけを問うのではなく、土壌・生物多様性・水・気候といった複数の指標について現在地を把握し、そこから段階的に改善していくプロセスを重視している点に特徴がある。農場ごとにスタート地点が異なることを前提に、継続的な改善のステップを設け、その進捗を評価する設計になっている。

同認証プログラムは2020年にスタートし、すでに世界で200万ヘクタールを超える農地が対象となっている。Control Unionも開発段階から関わり、第三者認証機関として審査を担っている。



パネルディスカッション


パネルディスカッションでは、リジェネラティブ農業をめぐる制度、実践、自然資本、流域、インセンティブといった複数のレベルについて議論が行われた。

モデレーターからは、登壇者の講演内容を踏まえ、定義や作目・地域差、段階性、認証制度との関係、企業の関与のあり方など、論点が多層的であることが共有されたうえで議論が開始された。


(1) 認証制度と再生農業の関係

大村氏は、国際認証制度の基準が年々厳格化してきた背景に言及したうえで、ゼロか1かの取得可否を問う制度運用と、生産量を確保しながら改善を進める現場との間にギャップが生じていると指摘した。Regenagriは、農場ごとの現在地を把握し、段階的に改善していくプロセスを重視する設計であり、既存制度と生産現場の条件をつなぐ選択肢になり得ることを述べた。

一倉氏は、持続可能な農業と再生農業の違いを整理したうえで、成果に応じた報奨(premium)を組み込む制度設計や、作目や地域ごとに要件を設定する方法を紹介した。再生農業は単一の方式ではなく、各地の土壌、気候、文化に応じて実践が異なるため、それらの違いを制度化していく必要性に触れた。

チェンハイ氏は、認証制度は目的ではなく手段であり、共通の定義を無理に設定するよりも、土壌、生物多様性、水、気候といった主要領域における成果(アウトカム)を共有することが重要であると述べた。また、企業が自社の目的や達成したい成果に応じて制度や指標を選択する必要があると指摘した。


(2) 多様性と文脈化(コンテクスト)の重要性

議論では、作目(多年生と一年生)、生態条件、気候、文化、生産方式の違いが再生農業の実践を大きく左右することが共有された。

テオ氏は、パーム、カカオ、ゴムなど多年生作物では、輪作や耕起といった一般的な農法改善がそのまま適用できず、作目ごとの文脈化(コンテクスト化)が求められると説明した。

また、認証制度は目的ではなく手段であり、共通の定義を無理に設定するよりも、土壌、生物多様性、水、気候といった主要領域における成果(アウトカム)を共有することが重要であると述べた。また、企業が自社の目的や達成したい成果に応じて制度や指標を選択する必要がある。

金氏は、輪作が土壌生物多様性を高め、それが水質などの流域レベルの成果と結びつくことを説明し、自然資本との関係でこうした多様性を扱う必要性に触れた。認証制度も地域の多様性に応じて地域ごとに変えた方が課題に対応しやすいのではないか。

一倉氏は、同一作物でも地域や国により栽培方式が異なる例を紹介した。例えば、茶の栽培はスリランカでは日陰樹(シェードツリー)を伴うアグロフォレストリー的な方式が主流である一方、日本や中国では機械作業を前提としたモノカルチャーに近い方式が用いられている。

大村氏は、各企業にとって、それぞれにふさわしい認証があるとは思うと述べた。ただし、そこは認証機関ではなくコンサルタンティング会社に相談していただくことになる。


(3) 企業にとってのエントリーポイント

テオ氏は、認証はあくまでもツールに過ぎないことを強調した。自社のサプライチェーンをきれいにしたい、原材料をリジェネラティブ農法で生産したいという目標があってこそ、それにふさわしい認証を選ぶべきである。レインフォレストアライアンス認証やRegenagari認証の良さは段階的な改善というアプローチである。

金氏は、企業が自社の原材料の調達先がどこでどんな課題があるのか、現地のステイクホルダーと情報交換して、調達の切替につなげていくべきと述べた。ウォーター・スチュワードシップを例にとると、まずは水リスクについて社内勉強会を実施するところから、自社の調達地の把握、現地でのコレクティブアクション、行政への働きかけといった段階的・長期的な取り組みが望ましい。その中で、リジェネラティブ農業がどの課題解決に貢献するのかを見極めて組み込んでいただきたい。

一倉氏と大村氏は、認証を取って終わりではなく、継続的な関与の重要性を強調した。


(4) NGOの役割

テオ氏は、NGOのノウハウは小規模生産者と親和性が高いと述べた。ソリダリダードもNISCOPSというプログラムを有し、農民への農法のトレーニングを広く実施している。

一倉氏は、土壌や雑草、水、生物多様性といった要素は地域ごとに異なるため、ローカルNGOや地域のアクターの役割が大きいと述べた。

大村氏は、国際NGOのプロジェクトは期間や資金に制約があるため、ローカル組織が継続性を担うことの重要性を指摘した。


(5) 市場や制度との関わり方

議論では、企業や市場の役割についても触れられた。金氏は、トルコのコットンの市場である欧州では法規制や企業意識により再生農業の取り組みが進んでいる例を紹介し、インドでは地域に根ざした取り組みと市場との連携が進みつつあることを説明した。


まとめ

議論全体を通して、認証制度と再生農業は対立するものではなく、相互に補完し得る関係にあるという点で共通の理解が示された。

ただし、農法や制度を整えるだけでは十分ではなく、水・土壌・生物多様性といった自然資本を、流域やランドスケープといった空間単位で捉え、小規模生産者を含む多様な主体が関与することではじめて、再生農業の取り組みがより大きな成果につながる可能性が示された。